和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

課長の退職

退職代行サービスというのが人気で、連休明けから利用が急増しているというニュースを新聞で読みました。

私の勤め先では、まだ退職代行を利用して辞めていった社員がいるとは聞いていませんが、それも時間の問題なのでしょう。退職に伴う手続きや諸々の煩わしさから解放されるのであれば、ちょっとした手数料を払って誰かに代行をお願いしたい気持ちは分かるような気がします。

とはいえ、もし、私が代行会社から自分の部下の退職を告げられたなら、心穏やかではいられないことでしょう。私が管理職だった時に退職していった元部下たちは、人繰りや引継ぎを考えて“前広に”退職を申し出てくれましたが、これから先、上司や同僚にお別れの挨拶もないまま会社を去る社員が普通とは言わないまでも、驚くような存在ではなくなっていくのでしょう。

さて、今週、私の元部下で今は私の上司の課長が、転職先から内定をもらった後すぐに退職願を部長に提出しました。

私が彼からそんな経緯を聞かされたのは、金曜日の午後のことでした。私は、「それで、私にどうしろというのか?」という言葉を飲み込んで、彼の次の言葉を待ちました。

沈黙に耐えられなくなった彼が、ぽつりぽつりと話し始めました。六月末での退職。すぐに後任の手当てなどできるわけがない会社の事情を知っていれば、あまりにも短い退職予告です。それは本人も重々承知していること。案の定、部長は彼を慰留し、それが無理だと分かると無責任だと詰ったそうです。

部長は、部下を一人失うこと以上に、自分に相談なく退職を決めてしまった彼を不甲斐ないと思っているのだろうと想像しました。もっとも、それも“どっちもどっち”の話で、日頃から風通しの良い関係であれば、言葉の端々から部下の悩みに気づくことができたかもしれず、課長が転職を考える前に打てる手立てもあったかもしれません。

まだ私が上司で彼が部下だった頃、日頃の言動から彼の気持ちを感じ取った私は、先回りして彼を遠回しに慰留したことがありました。その私が彼を大変な状況に置いたまま自分だけ肩の荷を下ろしたのです。だから、私は彼に翻意を促す資格はありません。

私が、やりきれない気持ちを隠して彼に励ましの言葉を投げかけたのは、私自身の後ろめたさからなのだろうと思いました。