和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

現実逃避としての転職

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転職不向き

転職が当たり前の時代。私の勤め先でも、今や転職組を好奇の目で見るようなことなどありません。今年度は新卒入社よりも中途採用の人数の方が多くなりました。

 

もっとも、中途採用者が多いのは、それだけ自己都合退職者が増えたためで、あまり誇れることではありません。

 

私の部下や元部下で転職した者たちは両手に余る人数になりましたが、ときたま、彼ら・彼女らは元気にしているだろうかと思い出すことがあります。そのほとんどは、信頼して仕事を任せられる部下でした。日頃の仕事振りから考えると、きっと新天地でも活躍していることでしょう。

 

有能な部下ほど転職して行ってしまうので、組織としては大きな打撃なのですが、私はこれまで転職を希望した部下を慰留したことはありません。そもそも、上司に転職することを告げた時点で本人の意思は固まっているわけですから、そこで – 人事部が言うように - 慰留に努めることは意味の無いことです。私は、本人がよくよく考えて決めたことなら、上司として最後にできることは気持ち良く送り出すことだと考えます。

 

とは言え、中には「大丈夫か?」と、親でも無い私が非常に不安になってしまう者もいました。彼女は、単に仕事や人間関係に疲れて会社を辞めたいと言うのとは違いました。

 

反対に仕事に対する意欲はあったのですが、周囲の雰囲気に流されやすく、自分の能力を過大評価する傾向にありました。彼女は、自分の周りに会社の待遇に不満を感じて転職した者がいると、今まで仕事や処遇に対する不満を口にしたことが無かったにも拘わらず、急に自分も何か不満があるように思い込んでしまうタイプでした。

 

そして、転職成功者の話を聞いた途端、自分もできると思い込んでしまいました。転職を成功させた者は、自分の持っているスキルや行動特性を客観的に理解しています。そして、転職先の候補を良く研究しています。成功者の大部分は思いつきで成功したわけでは無いのです。しかし、それが彼女には理解出来なかったのです。

 

自分の同僚が会社に不満を抱いて転職して行ったのを見て、“何となく”自分が現状に満足出来ていないのも、会社を去った同僚と同じ理由なのでは無いかと考えてしまう – 全てにおいて自分で考えようとしない、彼女の主張や意見はいつも借り物でした。

 

現状に不満ありと言っても、不満の中身は人それぞれです。やりがいのある仕事を任せてもらえない。上司との折り合いが悪い。職場の人間関係で嫌な思いをしている。思いどおりに仕事の成果を上げられない。

 

しかし、そのような不満は、転職すれば解決するとは必ずしも言えないものばかりです。

 

転職の第一歩は、自分を突き動かすものを見つけることです。それは誰かが与えてくれる者でも無く、誰かから借りてくるものでもありません。自分の中から湧いてくるものです。隣の席の同僚が転職したから自分も – などと、一緒にトイレに行くような感覚ではいけないのです。

 

結局、件の彼女は、転職した後、私を含めた複数の元上司に泣きついて会社に戻ってこようとしましたが、その希望は叶いませんでした。転職は、ちょっと浮気しただけ、と言うのとはわけが違います。

 

自分からの逃避

かつての部下で、中途採用で入社後、一年も経たないうちに会社を辞めた者がいました。彼は、私の部署に異動になる前の9か月間でふたつの部署を渡り歩いてきました。異動前の部署の上司からの申し送りでは、プライドが高く仕事の選り好みが激しいこと、そして、自分を過大評価する傾向があることを聞かされました。

 

彼と仕事の打ち合わせを兼ねて、直属の上司となる課長と私の二人で面談をしたのですが、話を聞くと、30代にして我が社が4社目の彼は、過去の職場でも上司からの評価に不満を感じていたと言います。そして、転職後の今もそれは変わらないと続けました。

 

その時、彼の言い分に違和感を抱いたのは私だけでなく、同席していた課長も同じ印象だったと言います。

 

私のこれまでの経験から、中途採用者は前職のことをあまり悪し様に言うことはありません。過去に対する不平不満をどんなに吐き出してもやり直すことなど出来ないのです。前向きな気持ちに切り替えが出来たからこそ転職の道を選んだはず – と私は理解しています – なのに、過去に引き摺られる彼をどのように扱えば良いか思案に暮れました。

 

別の日、彼は、課長からの指示に不満を漏らした際、「そもそも自分はこんなところで燻ぶっているような人間では無い」と吐き捨てました。では、何がやりたいのか。その問いに彼は、組織をまとめるリーダーが自分には適していると言いました。

 

私は課長に、少額の入札案件を彼に任せるように言いました。売り込み用のブローシャーを見る限り、あまり経済性に優れているわけでも無く、謝絶濃厚なものでしたが、中身を精査して見なければ断言出来ません。そこで、彼には課長の下で、4~5名の評価チームを仕切らせました。売り手からのデータ評価や契約周りのチェックを進め、正味2か月で決断を下さなければなりません。

 

ところが、最初の3週間で結果は判明しました。入札の可否では無く、彼の力量に関しての話です。

 

実務経験に乏しいため、チームメンバーに的確な指示を出せず、工程管理も若手社員の指導も満足に出来ません。3週間経っても作業が一向に進んでいないことから、私の判断で評価チームを“解散”させました。評価のための期間を半分近く無駄にしてしまったので、最早彼の遊びには付き合うゆとりが無くなったからです。

 

私は、現時点でリーダーの素養があるとは思えず、まずは、知ったかぶりをせずに真面目に仕事を覚えるよう彼に言いました。

 

彼は、私がそのように仕事に“ケチ”をつけること自体、自分を正当に評価しようとしていないと言いました。

 

結局、彼は、ほどなくして会社を去って行きました。途中入社して1年も持たずにです。まだ30代そこそこは言え、あまりにも仕事を知らなさ過ぎたのは、業種が違うからと言う理由では無く、これまでの職場で、仕事に対して真摯に向き合ってこなかったためだと思いました。彼は、当時はまだ市場ニーズがあったのかもしれませんが、あのまま心を入れ替えていなければ、そろそろどこからも相手にされなくなるような年齢に差し掛かっています。

 

自分に力量が備わっていないことを素直に認めることが出来ない。プライドが高く自分の立ち位置が分からない。これも現実逃避の一種なのだと思います。自分を客観的に見ることが出来ない人には転職は向いていません。悪いことを全て環境や他人のせいにばかりして、自分の弱さや努力を怠ってきた過去から目を背けていては、キャリアアップなど夢のまた夢。螺旋階段を登り続けている振りをしながら同じところをぐるぐる回っているようなものです。