気楽に生きる

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

外面と内面

家から一歩外に出ると、誰でも外向きの顔になると思います。家族に見せる“素の”自分を、学校や会社で見せることはしません。

 

「裏表のない人」は誉め言葉なのでしょうが、それは、外向きとして演じている自分を、相手に関わらず使い分けないことであって、ありのままの自分をさらけ出すこととは違います。

 

介護休業以来、私は外向きの自分を演じる必要が無くなりました。ときたま会社の関係者と事務連絡で話をしたり、メールのやり取りはしますが、仕事の責任を取り除かれた身分は気ままなものです。これをいつまでに仕上げなければ、とか、言いにくいことを誰某に伝えなければ、と言った心の負担から解放されたからです。

 

あまりに気楽な生活を送っていると、それがかえって不安の種になってしまいます。これについては、以前記事に書きましたが、今は、出来るだけ余計なことは考えずに現状を楽しもうと努めています。

(サラリーマンの垢)

 

物心がつき、家族以外の社会との関わりの中で生きてきた自分にとって、これだけの長期間、1日のほぼすべての時間を家族とのためだけに費やすことが出来るようになったのは初めての経験です。そして、そのような生活の中で、これまで無意識のうちに演じてきた外向きの自分は、素の自分とは随分とかけ離れたキャラクターだと言うことに改めて気づかされました。

 

自分を急き立てるもの

業務目標や後進の指導など、会社では取り組む課題が尽きることはありません。目標を達成できても、新たな目標を立て続ける必要があります。自身や組織の能力の向上も求められます。どんなに粉骨砕身しようとも成果に結びつかない仕事もあります。しかし、会社が求めることは継続的な向上です。1年365日、1周回ってスタートラインに戻ってくるのではダメで、常に螺旋階段を上へ上へと昇ることを要求されます。

 

自分自身が階段を登り続けること、部下を叱咤激励して階段を登らせ続けること。会社勤めの宿命なのだとしても、振り返ると、その原動力は自分の中から湧き上がってくるものでは無く、背後から急き立てるものでした。

 

30代半ばで長期休養を取り、仕事との関わり方を見直したはずでしたが、それでもなお、私は“心の負担”の直視を避けてきました。介護休業によって会社人間の自分は置き去りにされ、それを振り返って見つめる素の自分がいます。そのような機会が無ければ、私は退職するまで、自分自身が心の負担を感じていたことから目を逸らせ続けていたことでしょう。

 

今までは、何かに追われている状態が当たり前になっていました。仕事の〆切、部下の管理、社内の人間関係。尽きない悩みの種を抱え、毎週、憂鬱な月曜日を通り過ぎて繰り返される生活を送ってきました。30代で一度心のバランスを崩しましたが、その後は何とかやり過ごしてこれたのは、私が強くなったからでは無く、“たまたま”だったのだと思います。

 

自分を急き立てるものが無くなった今、体が軽くなった私は、再び会社員として復帰できるのか自信がありません。

 

気楽に生きる

自分らしく生きる。それは決して自分中心に物事を考え、周囲の人間を巻き込んだトラブルが生じようと意に介せず・・・と言う生き方ではないと思います。相手のことを思って、良かれと考えたことでも、それで相手が悲しんでしまうようでは本末転倒です。他方、私としては、やりたいと思っていることに時間を費やしたい。気楽に生きたいと言う考えがあります。

 

妻の介助を行なう生活の延長線上には、自分が専業主夫として家事全般を受け持つことも視野に入れています。妻に一度そのアイデアを話したことがありましたが、即座に反対されました。妻は、自分の病気を理由に、私に仕事を諦めて欲しくないと言う思いがあるようでした。私としては、余計なことを気にせずに妻を支えることに専念したいと言う思いから発した考えでしたが、なかなかその思いを妻に伝えることは簡単ではないようです。

大人になると言うこと

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

大人の特権

中学に上がったばかりの頃だったと思います。当時はまだ父親の事業も上手く行っていました。父は付き合いで飲み歩くことはほとんど無く、仕事が終わって帰宅すると、ほぼ毎日晩酌をしていました。タバコを燻らせながら水割りを啜る父を見て、私は子供心ながらにそれを格好良いと思いました。

 

ある日、親の留守中に、父のウイスキーとタバコに手を出したことがありました。ウイスキーを口にした時の喉と胸が焼ける不快な感覚。タバコの煙に咽て止まらない咳。私には、酒とタバコの良さは全く理解出来ませんでしたが、大人の“特権”に対する憧れのようなものがあったのは事実でした。

 

私が酒とタバコを覚えたのは、大学入学後のことでした。当時は今ほど世間の目が厳しい時代ではありませんでした。居酒屋などでの年齢確認も無く、未成年であっても飲酒や喫煙を咎められることはありませんでした。そんな時代にあって、酒とタバコは“大人ぶる”ための道具でした。そして、酒が強いこと自体は胸を張って自慢するものではありませんでしたが、大人の付き合いの上では利点でもありました。

 

楽しい酒と苦い酒

酒の付き合いは仕事のうちでもありました。私が就職した頃は、宴席のセッティングは若手社員の役目と言う時代でした。バブル崩壊後の景気悪化が進んでいた時でしたが、それでも、取引先との接待では、二次会、三次会が付き物でした。

 

会社勤めが長くなるのに伴い酒席も多くなりましたが、楽しい酒の時間は減って行きました。恐らく、それは私が比較的酒が強く、周囲が酔い潰れるほどに自分が冷めてしまうからなのでしょう。泥酔した接待相手や同僚を介抱しながら、その相手に嫌悪感すら覚えることがありました。

 

私自身、30代半ばで仕事を長期間休む直前は、酒を美味しいと思えなくなっていました。外でも家でも、苦い液体を胃袋に流し込むだけで、全く酔いが回ることが無くなってしまいました。

 

その後、長期休養や海外駐在を経て – それと、自分自身の老化の影響もありますが – 酒を“習慣的に”飲むことを止めました。不満を解消したり、ストレスを発散したりするための道具として酒に頼ることを空しいと感じたからです。ただ単に空腹を満たすためだけの食事が味気ないものであるのと同様に、心の穴を埋めるためだけの飲酒は、気持ちを負の状態から救い上げるためにはならないと考えました。

 

数年前に海外駐在から本社に戻ってから、私は意識的に飲み仲間と距離を置くようになりました。仕事の関わり方は変えたつもりはありませんが、部内の歓送迎のための宴席や取引先との接待を除き、終業後はできるだけまっすぐ家に帰ることに決めました。

 

かつての飲み仲間や上司からすると、酒の誘いを断り続ける私は“付き合いの悪い奴”なのでしょうが、付き合い酒を減らしたことで、私としては気の重さが無くなった気がしています。

 

以来、平日はほとんど素面で過ごす一方で、週末は気分次第で妻と昼間から好きな酒を楽しむことが習慣になりました。もっとも、昨年の夏以降は、妻の闘病生活の開始に伴い、しばらく酒断ちをしていましたが、それ自体が苦になることはありませんでした。

 

アルコールは、楽しい気分を一層楽しくするためにあるのだと思います。もちろん、それが無くても楽しい気分は味わえます。子どもの頃に憧れていた大人の嗜みですが、本当の嗜み方が分かるまでには、かなりの時間がかかりました。

 

大人の証

人はある年齢に到達すれば大人になれるわけではありません。酒やタバコが許される年齢になることは、選択肢が増えるだけで、それが大人の証と言うわけではありません。

 

手に職をつけ、経済的に自立していても子供じみた人はたくさんいます。歳を重ねてからでさえ大人気ない振舞いをする人もいます。

 

私はすでに50歳を越えてしまいましたが、20代、30代の頃の、至らなかった行ないを振り返り汗顔することがあります。大人の格好をつけることは簡単ですが、大人になること、大人であり続けることは容易いことでは無いのです。

自分らしさを貫くには (2)

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

敵と味方しかいない世界 (2)

先輩社員のKさんとの関係に悩んでいたSさんは、相談相手のT君と信頼関係を深め、やがて二人は結婚することを決めました。両名からその話を聞かされた私は、結婚後の二人の配置転換を考えなければならないと思いました。

 

ところが、私は二人から以外な話を聞かされました。Sさんは、結婚を機に – もっと正確には、結婚準備もあるため、それから2か月後のボーナス支給月一杯で退職したいと言います。

 

後になって振り返ると、私は二人に随分と失礼なことを質問したのでした。二人から話を聞いた瞬間、私はてっきりSさんの退職理由は、“おめでた”なのかと勘違いしてしまい、そう彼女に尋ねました。

 

彼女は即座に私の誤解を否定すると、T君や自分の両親とも相談して、自分が家事一切を引き受けることに決めたと言います。そこまで二人で決めているのであれば、私がSさんを慰留することなど出来ません。

 

そして、私はSさんから頼まれ事をお願いされました。Kさんに自分の結婚退職の話を伝える場に同席して欲しいと言うものでした。

 

Sさんは、ことあるごとにKさんから、結婚することに否定的な話を聞かされ、また、社内にはろくな男がいないと言われ続けていたそうです。Sさんとしては、社内恋愛の結果、結婚退職するとなると、Kさんから何を言われるか恐れるあまり、自分一人ではKさんに話をすることが出来ないのだと言います。

 

結婚や退職は本人の意志なので、Kさんの“お許し”など無用なことは言うまでもありませんが、Sさんの心配は言われなくても分かりました。私としてもKさんの反応が気になりました。

 

三者面談”はとある金曜日の夕方に行なわれました。私がKさんに、Sさんの結婚と退職の件を手短に話すと、KさんはSさんに対して、自分に隠れてTさんと“こそこそ”付き合っていたことや、何の相談も無く退職を決めたことを辛辣な言葉で非難し始めました。私がそれを遮ろうとしても、Kさんの怒りは止まりません。

 

結局、面談は30分もしないうちに、Kさんが応接室を飛び出して終わりました。Kさんは、自分の子飼いの後輩が - 彼女の言葉をそのまま使えば – 裏切ったことに我慢ならなかったのでしょう。彼女の中では、自分の味方で無い人間は全て敵なのです。

 

私は面談を金曜日の夕方にしておいて良かったと思いました。事情はともあれ、感情を抑えられないまま仕事を続けることなど出来るはずがありません。

 

勝ちと負け

三者面談の翌週からは、Sさんの業務の指示は私が直接することにし、Kさんとは仕事で絡ませないようにしました。その一方で、私はKさんともう一度話をしましたが、一旦“敵”と見なした相手に、Kさんが耳を貸すことはありませんでした。私としては、Kさんに普通に仕事をしてもらいたいだけだったのですが、それが叶わないとなれば、彼女に相応しい別の部署に動いてもらうしかないのだと思うようになりました。

 

私から相談を受けた当時の上司が、Kさんと話をしましたが、やはり埒が明きません。今まではKさんの扱いは私も含め歴代の課長が行なってきたのですが、私がさじを投げたことで、上司である部長が彼女と直接対峙することになりました。そこで初めて部長はKさんの扱いづらさを知ったのでした。

 

元来、それほど気が長いわけでは無い部長が、Kさんと険悪な関係になるのに時間はかかりませんでした。結局、Kさんを除く“有志”でSさんの送別会を開いたのですが、本来であれば、部全体で気持ち良く彼女を送り出してあげるべきでした。

 

そして、Kさんはそれから半年あまり経ってから、人事部に異動となりました。上司は彼女の異動先を探し回ったのですが、どこも引き受け手が無く、窮余の策として、人事部が彼女を引き取ることになりました。Kさんに異動を告げる際、部長と私の二人で対応したのですが、最後、彼女は「こんなことで負けたくありません」と絞り出すように言葉を吐きました。当時の私はその意味を考えることもしませんでしたが、今になって、Kさんは何と戦っていたのだろうかと、疑問が深まるばかりです。

 

自分側に忠実な人間が離れて行ってしまうことや、周囲から孤立してしまったこと、上司との軋轢、意に沿わない異動。思いどおりに行かない現実は、Kさんにとって“負け”だったのでしょうか。彼女にとっての“勝ち”はどのような状況を言うのか知る由もありませんでしたが、Sさんを含め、彼女に振り回された周囲の人間は、彼女が“勝つ”ための脇役だったのでしょう。

 

自分本位と自分らしさ

自分が恵まれていると思いたいがために、誰かを見下す者がいます。自分の方が優れていることを周囲に知らしめたいがために、誰かを蔑む者がいます。

 

他方、やり場の無いストレスを発散させるためだけに、誰かを自分の意のままに動かそうとする者がいます。幸せそうに見える誰かを妬み、足を引っ張るようなことをする者がいます。

 

自分が満たされていないと感じる時、その内面に向き合うことができれば、自分に不足しているものが見えてくるのではないでしょうか。それを避けて、他者に当たっても自分の心を満たすことは出来ません。

 

他者とのつながりの中で生きている以上、自分本位の考え方だけでは、周囲との軋轢を生みかねないことは容易に想像できるはずです。自分の心を満たすためだけに他者を利用することは、自分が気づかないうちに他者を不幸にしてしまっているのかもしれません。自分らしく生きることと自分本位は別物であることに気づけない人は、いつまでたっても心の中の燻ぶりを持ち続けることになります。