和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

心身の整え方

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

体調不良での気づき

ちょうど去年の今頃、排尿障害と尿路感染症を患い、1か月弱の間体調不良に悩まされました。症状自体は抗生物質の服用により2~3日で収まったのですが、その後、しばらく倦怠感が続きました。

 

それまでは、少しくらいの体調不良で仕事を休むことは無かったのですが、この時の排尿障害では体が言うことを聞いてくれませんでした。

 

自分の健康状態が気になり始めた矢先に妻の発病もあり、共倒れになってはいけないと、ことさら自分の体に気を配るようになったのですが、それからの約1年を振り返ってみると、日常生活の中での体調管理が如何に大切かを実感しました。

 

肉体と精神の疲れ

若い頃は、昼休みも取らずに業務を続けたり徹夜で仕事を仕上げたりと、多少の無理は利いたのですが、慢性的な疲労感が抜け切らない体を騙し騙し使っていたのも確かです。

 

何度か過去の記事で触れましたが、私は30代半ばに2週間ほど“戦線離脱”したことがあります。当時も肉体的な疲労感はあったのですが、それよりも精神的に参ってしまったことが休養を余儀なくされた原因でした。

 

当時感じたのは、心と体は切り離すことが出来ず、精神的な疲れは肉体的な疲れとなって現れることでした。その逆に、体の調子を整えることによって心を安定した状態に引き上げることも可能であると知りました。

 

その後、職場に復帰してからは、人一倍体調管理には気をつけてきたつもりだったのですが、いつの間にか日々の仕事に追われ、“多少の無理が利く範囲”で働き続けてきました。

 

自分では心の安定を維持することが出来るようになったと勝手に思い込み、ストレスを溜め込まない工夫を続けてきました。そのため、日々感じている疲労感は、業務の多忙さに体力がついて行かなくなったからだと都合良く解釈していたのです。

 

そして、いつしかまた、慢性的な疲労感を覚えるようになったのですが、それが自分にとって普通の状態であると無意識のうちに言い聞かせながら、短い夏休みや年末年始にリフレッシュすることで乗り切ることを繰り返して歳を重ねて来たのでした。

 

排尿障害の際に診察を受けた医師からは、十分な休養を取ること、また、休養の貯金は出来ないことから、疲れを溜めないような生活習慣に改めるようアドバイスされました。

 

私は、高校を卒業して独り暮らしをするようになって以来、一日3~4時間の睡眠で十分と考えショートスリープを続けてきました。ところが、医師からは少なくとも6~7時間の睡眠時間を確保するよう勧められました。夜間の睡眠時間が足りなければ、昼食後の午睡でも構わないと言われました。

 

今まで良かれと思って行なってきたことが実は疲労の原因になっていたことと、長く続けてきた習慣を見直さざるを得ないと言うことは、私としては認めづらかったのですが、まずは医師の勧めに従ってみることにしました。

 

生活と働き方の立て直し

とは言え、毎朝4時には目が覚める習慣が体に染みついてしまっています。時計のアラームはセットして就寝するのですが、不思議と、その5分前くらいには目が覚めます。海外出張などで時差ぼけにならない限り、目覚まし時計は不要です。

 

そこで、私は、より長い睡眠時間を確保するために就寝時間を早くすることにしてみました。以前は午前1時前後に床に就いていたのを、午後10時には布団に入ることにしました。しかし、これだと夜中の1時には目が覚めてしまいます。目覚まし時計の力を借りて起きる時間をコントロールするのは簡単ですが、睡眠時間を延ばすのは難しいものです。

 

その後、散歩の時間を増やしたり、入浴時間を早めたりと、いろいろな工夫をした結果、今は午後11時から翌朝4時までは普通に寝られるようになりました。夜中にトイレで目が覚めてしまうと“二度寝”は出来ないので、就寝前はできるだけ水分を取らないようにしています。

 

睡眠時間が長くなったことで、以前に比べて頭と体が軽くなった気がします。もちろん自己暗示的な部分は否めませんが、それでも十分な睡眠は体に良いことだと言い聞かせることによって、寝る時間がもったいないと言う考えは薄らいできました。これによって、睡眠時間だけでなく、睡眠の質も向上したのかもしれません。

 

もう一つ、私がこの一年で変えたのは、仕事の負荷を減らしたことでした。妻の看病に専念できる環境を整えるためにいろいろと考えた上での結論でした。年齢的にもあと数年で役職定年を迎えるのですから、これを前倒しすることに抵抗は感じませんでした。

 

仕事量が減った一方で家事は増えたので、決して暇になったわけでは無く、むしろ“労働時間”は増えたのですが、役職について回る管理業務の煩わしさから解放されたことで心も体も軽くなりました。

 

一年前の体調不良は、体が発した悲鳴だったのでしょう。それをきっかけに、生活や働き方の立て直しができたのは、私にとっては幸いなことでした。慢性的な疲労感は、歳を取れば避けられないことでも、働いている限り仕方の無いことでもありません。“体調良好”は取り戻すことができるものなのだと思いました。

演者を降りるとき

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

私の原風景

幼い頃の記憶はどこまで遡ることが出来るのでしょうか。私の場合は、幼稚園に上がる前の頃のある風景が、ふとした瞬間に蘇ることがあります。

 

母親から何度も聞かされたのは、私が病弱だったこと。生きてここまで大きくなったのが奇跡のようだと事あるごとに繰り返します。確かに、私自身、朧気ながらも、よく病院に通っていたことは覚えている一方で幼稚園での記憶はあまりありません。

 

確かに、小学校にあがるまで近所の同年代の子供と一緒に遊んだ思い出が無いのです。熱を出し、床に臥せる私に母が絵本の読み聞かせをしてくれたり、あるいはテレビを見たり、体調の良い時には、ひとり遊びをしたり – そんな毎日を送っていたことだけは覚えています。

 

さらに遡ると、まだ幼稚園に上がる前、母に連れられて病院を訪れ、注射をされる際に泣きわめき、その後に立ち寄った喫茶店で、泣き腫らした目でアイスクリームを頬張っている自分の姿がとてもリアルに脳裡に焼きついています。

 

よく、原風景と言う言葉を耳にしますが、私にとってそれは、町工場が軒を連ねる下町の外れにある商店街、そこを母に手を取られながら歩いている自分を第三者的な視点で見ている情景です。

 

たぶん、それは母から何度も聞かされた病院通いの話によって、私の中で脚色された心象風景として固定化したものなのでしょう。病院の帰りに“いつもの喫茶店”で一休みした、と言う話も聞かされていましたから、そのような刷り込まれた話から、勝手な物語を作り出してしまっていたのかもしれません。

 

三つ子の魂

持って生まれた性格と幼い頃に植え込まれた躾や習慣は、その後の人格を形作るのに大きな影響を与えるものです。上述のとおり、私は小学校に上がるまで、同年齢の友達と遊ぶことが無く、独りでいることの方が自然だったためでしょうか、成長してからもそれが苦になりませんでした。

 

むしろ、友達と遊ぶことにストレスを感じたことの方が多かったのです。それは、小学校から高校と進んでも変わらず、特段用事も無いのに、友人の誘いを断って自分の時間を選ぶことが少なくありませんでした。

 

この感情がとても微妙で、“誰とも付き合いたくない”と言うわけでありません。友達は欲しいし、彼女も欲しい。しかし、一度親しい間柄になった後に、その関係を維持するのに非常に神経を使いました。相手に気に入られること、相手に不快な思いをさせないこと、全て相手本位に物事を考えようとして、自分の気が休まる間が無くなってしまって疲れてしまうのです。

 

友人や彼女との付き合いを維持するのさえこの有様ですから、ちょっとしたすれ違いや諍いが生じた時に関係を修復しようと言う気持ちが湧き上がってきません。逆に、自分の心の奥底では、「このまま絶交してしまえば、気を遣わずに済む」と言う後ろ向きの考えが首をもたげ、本当にそうなってしまうことがよくありました。

 

男女問わず、親しい関係が長続きしない。独りの方が気が楽。唯一無二の親友と呼べる存在はその頃、一人しかいませんでした。

 

そのような状態に長くいると、自分は普通に人と付き合うことが出来ない人間なのではないか。どこか心に欠陥があるのではないかと悩むようになります。

 

演者を降りるとき

高校を卒業して独り暮らしを始めると、自分の悩みを深く考える余裕が無くなってしまいました。個人的な悩みよりも、生計を立てると言う現実的な問題の方が大きかったからです。

 

浪人時代から大学時代にかけて、いろいろなアルバイトを経験する中で、避けて通れない人間関係に晒されることによって、私は良い意味でも悪い意味でも、裏表を使い分けられるようになりました。それは、自分の本心を殺して、上辺だけ調子を合わせるような付き合い方を選ぶようになったことです。

 

大きな理由は、中学以来の唯一の親友を失ったことにあると思います。これは以前の記事で触れたので繰り返しは避けますが、人間関係を上手に維持出来ない私にとって、心底信用していた相手に裏切られたことで、誰かに心を許すことそのものに対し臆病になり、億劫になってしまったのでした。

lambamirstan.hatenablog.com

 

以来、今に至るまで、私には信頼できる相手は妻を除いていないと言う状況が続いています。大学の友人、勤め先の同僚、先輩。付き合いが続いている知り合いはいますが、腹を割って話が出来る相手かと自問しても、すんなりイエスとは言えません。

 

勤め先では同僚や若い世代からも“話やすい”と言われることがありますが、それは、私が話やすい人間を装っているからに他なりません。かつて人付き合いを苦手とし、独りでいることを好んでいた人間が、さも社交性のあるように振舞っているだけなのです。

 

人付き合いの悪い変人が、社交的な人間の振りをしていても、変人には変わりありません。本当の自分ではない役柄を30年以上演じてきた私は、もうそろそろ終わりにしても良いのではないか、と思うことが増えてきました。

名も無き家事の負担 (2)

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

今そこにある家事

私は、家事における目線の違い、作業の優先順位やメリハリは、ジェンダーによる差があるのでないかと考える一方で、それは、性差では無く、持って生まれた性格や親からの躾などの影響も無視できないのではないかとも推測します。

 

さて、我が家の家事ですが、一緒に暮らし始めて以来、夫婦それぞれが自分の得意分野だと思っている作業を受け持ってきたので、お互いに嫌々ながら引き受けている家事と言うものは存在しないと思っています。

 

もちろん、家事自体が自分の自由時間を削って行なわれるものなので、「明日の家事が待ち遠しい」などと思いながら眠りにつくようなことはありませんが、快適に暮らして行くために必要な作業なわけですから、その作業自体を不快に感じてしまっては、元も子も無いと言うのが私の考えです。そして、妻もそう思ってくれていると勝手な期待をしています。

 

もし、結婚するまで、あるいは、独り暮らしを始めるまで、全てのことを親がやってくれていた、と言う人は とても恵まれていると思いますが、いざ自活を始めれば、自分で考えて家事をこなす必要が生じます。

 

家事を、“快適に暮らして行くために必要なこと”と考えれば、答えは簡単に見つけられると思います。家の中が散らかっているよりは、きれいに片付いている方が気持ち良いと思えば、掃除したい気分になってくるのではないでしょうか。

 

掃除機掛けや雑巾掛けが面倒と感じる人もいるでしょうが、落ちているごみや埃を取り除き、家の中の全ての物をあるべき場所に戻す - リセット作業を週1回でも、2日に1回でもやってみると、作業後に清々しさを感じられると思います。快適に生活できる環境を整えておくのは、家事の第一歩です。今、目の前に快適な生活を送るためにできることがあれば、それは家事の一つです。

 

家事の住み分け

洗濯、風呂掃除は、家にいる限りは私の役割です。朝一番で洗濯機を回しますが、風呂の残り湯を使うので、洗濯物を干した後は、そのまま風呂掃除まで済ませてしまいます。また、洗濯機のカビ取りなど3か月に1回程度の作業や、3日に1回程度のトイレ掃除など、洗面所周りに属する作業は私の担当になっています。

 

一方で、洗濯物を畳んで収納するのは妻の役割です。これは、妻が衣類の畳み方と仕舞い方に拘りがあるためで、私には任せたくない作業だそうです。そして、その延長線上で、ファミリークローゼットの整理整頓は妻の役割となっています。

 

炊事はほぼ100%私の役割になっていますので、キッチン周辺の掃除や片づけは私の担当です。使った道具はすぐに洗うようにしているので、料理が出来上がった時に、シンクが洗い物の山になっていることはありません。

 

食器は、朝昼は各自が使った物は各自で洗うことにしていますが、使う食器が多くなる夕食後は食洗器を使います。洗浄後の食器類は翌朝に片づけます。この他、シンク周りやコンロ、換気扇などを含めたキッチンの掃除、整理整頓は私の担当になっています。

 

妻は、今のところ体を使う大きな作業は出来ませんが、リビング周辺の収納スペースの片づけや、食材や日用品の在庫管理、家計簿など、できる範囲のことをやっています。

 

こんな感じで、家事については、妻と私で住み分けが出来ています。二人の娘たちには、これまで家事の分担を強いたことはありませんでしたが、妻の闘病開始以来、小まめに私を手伝ってくれるようになりました。

 

このようなことをつらつらと思いうかべて、我が家の家事は問題無し、と一人悦に浸っていたのですが、ごみの分別は、私も娘たちも“なっておらず”、妻が一手に引き受けていると、最近になって初めて聞きました。

 

また、ティッシュボックスや爪切り、虫刺されの薬など、小物類がいつも決まった場所に“戻っている”のも妻のお陰でした。

 

妻曰く、言うことを聞かない相手に、何度も同じ注意をしてもストレスが溜まるだけ。片づけを自分の役目だと思えば小じわも増えない – だそうです。

 

確かに、言われてみれば、私自身、妻や娘たちに対して逐一細かい注意をすることは避けてきました。洗濯物を裏返しのまま出さないように、とか、最後に食事を終えた人が食洗器のスイッチを押すとか、些細なことですが、注意しても直らないことは、いつしか自分の役目だと割り切るようになりました。

 

それは、家族に対するささやかな失望と言うわけでは無く、自分の役目の範囲を少し手を伸ばして広げただけの話です。洗濯物を干す時に衣類の裏表を直す、自分が寝る前に食洗器が回っているか、風呂場の換気扇が回っているか確認する。全て自分の役目の延長線上にあるものです。

 

私は、妻もそのように思ってくれているのだろうと、自分に都合良く解釈してしまいますが、本当に私や娘に呆れているのかもしれません。いずれにしても、家族に注意して回ることで自分のストレスを膨らませてしまうほど、悲しいことはありません。

 

反対の立場からすれば、やらなければならないことでも、誰かからガミガミ言われてから取り掛かる作業ほど嫌なものは無いと思います。自分で気づいて、自分でやり遂げることができれば、これほど気分の良いことはありません。

 

それよりも、目線を広げて、自分ができる“サービス”をほんの少しだけ増やせば、より生活が快適になると考えた方が楽しく暮らせそうです。

 

私の場合は、他の家族からの“気づき”を期待せずに待っている状態なのだと思います。誰かに何かをやってもらうのではなく、自分で全て完結させることにし、もし、誰かが手分けしてくれることがあれば、それはラッキーなことだと受け止めるようにしています。

 

もし、相手に期待してしまうと、こちらがお願いしたことを忘れられたり、放っておかれたりした時に嫌な気分を味わうことになります。自分が良い気分で居続けたいなら、自分で気づいて自分で行なうに限ります。

 

家族の誰かが家事をしてくれることで得られる恩恵の享受者になることを当然と思うのでは無く、家族のために快適な暮らしの場を提供する奉仕者となろうと考えると、見える世界が変わってくるのではないでしょうか。

 

結局、突き詰めて考えると、家事は快適に過ごすための作業なのです。家族の誰かにだけ負担が集中したりストレスがかかったりして、不快な気持ちにさせてしまうようであれば、それは、家事の本来の目的を果たしていないことになります。

 

家族の一人一人が、どうやったら気持ち良く過ごせるのかを想像し、快適に暮らすために自分が出来ることは何かを考えれば、自ずと自分の役割を見つけることが出来るのではないでしょうか。