和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

雨の日の買い物

会社勤めをしていた頃、妻に買ってもらった傘をあまり使わないうちにコンビニの傘置きに差していたのを盗まれてしまいました。

 

妻の「高かったのに~」の恨み節よりも、妻が気を利かせて買ってくれたものを不注意で盗まれた自分が無性に腹立たしく思いました。

 

今は、出かける時に持ち歩くバックパックに折り畳み傘を入れているのですが、雨の時や空模様が怪しい時は、盗まれても気にならない安物のビニール傘を持って出かけます。

 

もっとも、退職してからは、雨の日にどうしても出かけなければならない用事があるわけでもなく、ビニール傘の出番はほとんどありません。

 

先日、雨の中出かけたのは、全くの気まぐれでした。わざわざ出かける必要もないのに、最寄りの介護用品の店で車椅子用のクッションを買いました。老健の相談員の方から、リハビリ施設では入院していた時よりも車椅子に乗っている時間が増えるから、クッションを用意しておいた方がいいかもしれないとアドバイスを頂いていました。

 

リハビリ施設に移った後、母の様子を見てからでも遅くはなく、雨の日に出かけてまで買う代物でもありませんが、何となく、「今日買っておこう」と思っただけでした。



スープの冷めない距離

せん妄から脱した母は、退院後、最終的に特養老人ホームに入ることを受け入れました。しばらくは自宅に帰りたいという思いもあったようですが、冷静に自分の体の具合を見て、一人暮らしの限界を悟った様子です。

 

希望する特養老人ホームは、私の家からいわゆる「スープの冷めない距離」にあるので、見守る側として気軽に母の顔を見に行けます。

 

家を建てる時には、買い物の便や総合病院の有無などは確認しましたが、介護施設は必要条件ではなかったので、まさか自分の親がお世話になるとは想像していませんでした。そういう意味では、自分にとっても母にとっても運が良かったのだと思います。

 

母は五人姉妹の末子で、すでに一番上と二番目の姉は鬼籍に入っています。母のすぐ上の姉は新型コロナに感染した後、一命は取り留めたものの認知機能の衰えから普通の会話ができない状態となりました。

 

一方で、三番目の姉は九十代半ばに差しかかってもなお健在です。数年前、伯母の息子(私にとっては従兄)の新築祝い名目の資金援助をせがまれて以来、私は距離を置くようになりました。こちらから好んで話をしたいわけではありませんが、母の容体を説明しないわけにもいかないので、ここ数か月の間は時々電話するようになりました。

 

伯母としては悪気はないのでしょうが、どうやら私が母を老人ホームに入れることには反対で、話す度に私の家で引き取れないのかしつこく聞いてきます。こちらの事情を説明したところで理解してもらえるとは思えず、伯母には「母も納得している」とだけ伝えています。

 

母は一貫して私の家族とは同居しないと言い続けています。私との関係よりも、私の妻との良好な関係が“嫁姑問題”に変質してしまうのが嫌なのだそうです。私も我が家の“嫁姑”には時々、お互いを気遣いながら楽しい時間が持てるような関係を続けてもらえれば良いと思っています。

ほんの少し先の話

母のことがなければ、老人ホーム巡りをしてそこでの暮らしぶりを垣間見る機会もありませんでした。母のための施設見学がいつしか自分や妻の、“もしも”のためを想定した心の準備になっていました。

 

年齢を重ねるに従い時の流れは速さを増していきます。自分の人生の幕引きはほんの少し先のことです。

 

そんな話を上の娘に話すと、「まだまだ先でしょう?」と言います。まだまだ先。そう願いたいところですが、母も、まだまだ元気だと思っていたところから、老いの下り坂を転がり落ちるのはとても早かったと感じています。

 

食事や運動などに気を使っているつもりの私も、自分では抗うことのできない下り坂にいつ差しかかるか分かりません。

 

できれば父のように ー 父は、母が朝目覚めた時にはすでに亡くなっていました ー 自分でも死んだことに気がついていないような死に方が理想ですが、さて、どうなることやら。

 

少なくとも、自分の頭がまだ働くうちに、幕引きの準備はしておきたいと考えるようになりました。