幸せの対価(2)

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偉くなることが幸せなのか

かつて私は、秘書業務をしていたことがあります。役員フロアでの仕事は、経営トップの考えに直接触れることができるいいチャンスという見方もできますが、本来の会社業務から離れた、“執事”のような仕事も多く(というか、私の場合、大部分がそのような仕事でしたが)、あまり長くやるものではありません。

 

先日、天下りの話を記事にしましたが、お役所からの天下りでも、キャリアコースから外れてやってきた天下りと、キャリア官僚のトップまで登り詰めた天下りとは、やはり格が違います。

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前者は小役人的でどのように上に取り入るかに腐心するあまり、下の人間をぞんざいに扱うタイプが多く、後者は役所のトップを経験してきたこともあり、人心を掌握することに優れていると言えます。

 

私がその天下り役員の秘書となったのは、会社のトップを退き役員の重責からも解放され仕事らしい仕事もない、名誉職となった後でした。従って、秘書業務と言っても来客とのアポ調整のほかは、話し相手をする時間がほとんどです。正確には“話し相手”ではなく、聞き役でした。

 

一週間のうち昼は役所時代の後輩などとの昼食会が多かったのですが、予定のない時は自室で昼食を摂っていました。それがほぼ毎回うな重。私も一緒にうな重です。こんなことを言うと「贅沢な!」と怒られてしまいますが、最初は感激したうな重の味も、回を重ねるごとに匂いを嗅ぐのも苦痛になってきます。

 

それはさておき、当時30代前半の私が疑問に感じたのは、すでに現役を退き名誉職となり、取り立てて仕事があるわけでもないのに、何故毎日出社するのかということでした。もちろん、役職についている限り、普通の社員の何倍もの報酬を受け取るわけですから、お金が目的なのかとも思いました。

 

しかし、今で言うところの後期高齢者の域に達した人間が、これ以上お金を稼ぐ必要もなさそうです。そうなると、やはり社会的地位を保つことが目的なのか。社会的な地位と幸せは比例するのか。

 

当の役員は笑顔を見せることはほとんどありませんでした。どちらかというと、終始仏頂面であまりこちらから近寄りたくない雰囲気でありました。お金に困っているわけでもないのに、何が楽しくて毎日出勤するのだろう。私には理解できませんでした。

 

幸せは与えられた待遇か

今、50代となった私がその役員の心情を推察してみると、社会的なつながりと待遇を維持したかったのではないかと考えます。ほぼ毎日、昼は役所時代の後輩との食事。さすがに夜は数こそ少ないですが、一週間の半分くらいは宴席がありました。これも会社役員だからこそです。また、役員であり続ける限り、送り迎えの社有車、秘書、執務室がつき、出張名目の外遊もできます。電話一つで、現役の役員から役所のOBまで呼びつけることも可能です。

 

もし、当の役員がこのような待遇自体に固執していたのだとすると、簡単に手放すことなど出来るはずがありません。完全にリタイアして、ただのおじさん、あるいはおじいさんになってしまったら、当然のことながら誰も自分の言うことを聞かなくなります。そう考えると、一度登り詰めた人間はそのステイタスを手放すことを一番恐れているのかもしれません。

 

しかし、自分の待遇を保ちたいために組織の役職にしがみつくことは、果たして幸せと言えるでしょうか。また、そのような待遇、すなわち、周りの人間が身の回りの世話をし、会社の費用で昼食会や宴席を持つことは幸せなことなのでしょうか。

 

最後に幸せを感じることができるか

そんな秘書の仕事を2年ほど続けていた頃、その役員の奥様がお亡くなりになりました。それからほどなくして、ご本人も病に倒れ、ほんの3か月足らずでお亡くなりになりました。

 

3か月の入院期間、私は上司と交代で病院に詰めていましたが、見舞いに訪れる客はわが社の役員数名のみ。これまで昼食や宴席をともにした面々は結局一回も顔を見せませんでした。当の役員は口にはしませんでしたが、あれだけ「可愛がっていた」役所の後輩連中が見舞いに来なかったことを寂しがっていたのではないかと思います。

 

思うに、組織の中での人間関係というものは、地位や役職に大きく影響されます。偉い人のところに人が集まるのは、ほとんどの場合利用価値があるからだと思います。当の役員も現役を退いたとは言え、官僚OBとしていろいろな方面に顔が利きました。しかし、死期が近づき利用価値が無くなったとみると、波が引くように人の出入りが無くなります。

 

結局最後は、ご子息・ご令嬢の見守る中、静かに息を引き取りました。家族に看取られて最期を迎えられたわけですから、それはそれで幸せだったのかもしれません。しかし、そばに仕えていた者からすると、何とも侘しい終わりのときでした。

 

官僚の頂点を経験し、その後会社のトップを務めた人でも最期は独り天に召されます。その瞬間、ご本人は幸せだったのでしょうか。社会的な地位も得られ、お金の心配もなく死を迎えられたこと、それだけで本当に幸せだったのでしょうか。

無駄なお金の使い方

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お金をドブに捨てる駐在員

アメリカに駐在していたときの話です。

当時、郊外の一軒家を借りて家族4人で住んでいました。彼の地は、地域によって犯罪発生率の高低が大きく異なるので、家を決める際には細心の注意を払う必要があります。町の治安の良し悪しは、住んでいる住民の世帯収入に大きく左右されるので、治安のいい町では一軒一軒の敷地が広く、メインテナンスの行き届いた家が建ち、道も整っています。私たちが選んだ住宅地も住環境に恵まれており、家も広く広い庭が付いていました。

 

広い家に住めるということはありがたい話でしたが、あくまでこれは仮の住まい。駐在期間が明ければ日本に帰国するわけで、私も妻もあまり浮かれないように心掛けました。 

 

後になって、どこに住むかは駐在員の間(というよりも、駐在員妻の間)で共有される情報を参考にすべき、という話を耳にしました。当時私は一人駐在員だったので、そのような他社の駐在員からの情報があまり入ってこなかったのでした。

 

例えば、口うるさいAさんの家の近くは避けた方がいい、とか、あのエリアは現地校に通う日本人が多いから安心、だとか、様々な貴重な(?)情報が入ってくるわけです。また、駐在員同士で住むエリアを競い合っているなどという話も漏れ伝わってきました。家賃の会社負担額にも上限があるでしょうから、人によっては見栄の張り合いのために、一部自腹で家賃を負担してでも、“お洒落な街”に住もうとするようです。

 

私たちはそんな余計な情報が入ってくる前に家を決めてしまったので、周囲に駐在員の家もなく、かえって気を遣わずに生活することができました。

 

駐在地では、他社の駐在員とも日本人商工会や日本人会の集まりでつながりができ、また、子供の日本語補習校での活動を通じて家族間の交流も盛んになります。持ち回りでホームパーティーを開いたり、駐在員妻で趣味のサークルを作ったりしていると、どうしても会社ごとの待遇の違いが話題になります。そうなると、実際の待遇を変えることはできなくても、いい家に住むことや、いい車に乗ること、いいアクセサリーを身に着けることを競い合う駐在員が少なからず現れます。傍から見ていると、なんて無駄なお金の使い方をしているのだろうとあきれてしまいますが、見栄やプライドのために嬉々としてお金を使う人は誰にも止められません。

 

見栄っ張りで身を亡ぼす

似たような例はわが家の近所でも起こりました。

 

我が家から見て右隣は、40代の共働き夫婦で、子供は中学生から小学生までの男の子4人。車はセダンを2台所有。2番目の男の子がうちの下の娘と同学年だったので仲良くしてもらっていました。

 

対する左隣さんは、私たちよりも後に引っ越しって来た30代半ばくらいの夫婦。共働きで子供はおらず、大きな犬を飼っていました。車はセダン、SUV、それにピックアップトラックの3台を所有していました。夫婦2人なのに車を3台持っていると聞くと驚かれる方もいると思いますが、主に通勤に使うセダン、キャンプなどの遠出にはSUV、大きな物を買う時でも困らないピックアップトラック、この3台を持つことが、ここでは“ステイタス”の証なのです。また、その家では引っ越して間もなく、芝生の敷き詰められた庭を潰してプールを作りました。プールサイドでバーベキューというのも、こちらの人々にとっては“ステイタス”の証。DINKSでお金には困らないといった感じが窺えました。

 

これに応じるかのように、私たちの右隣さんが動き出します。SUVを買った後は庭にプールを作りました。こうして、毎週末には両隣から肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくるのでした。私には、右隣さんが対抗心のためだけに派手にお金を使っているとしか考えられませんでした。間に挟まれた我が家は内心ドキドキしながら、両家の様子を見守っていました。

 

さて、この勝負(?)ですが、右隣の家が裁判所による差し押さえを受けてゲームオーバーとなりました。ほんの2年足らずの話です。家族はどこかに引っ越したようですが、消息は分かりません。あんな浪費さえしなければ、家族6人で楽しく暮らせたはずなのにと思わずにはいられませんでした。これまで、SUVが無くても、庭にプールが無くても楽しそうに暮らしていた家族が、虚栄心を満たそうとしたばかりに、大切な家を手放さざるを得ない状況になってしまったのです。

 

隣の芝生の色は気にするな

言うまでもなく、駐在員にしてもアメリカ人にしても、堅実に生きている人の方が多いと思っています。ただし、日本以外の国に住んでみて分かったことは、どこの国でも見栄を張るため、あるいは、プライドを守るために無駄にお金を使う人はいるということでした。

 

そのような目的でお金を使うこと自体、問題有りだと思いますが、誰かと競り勝つことでしか充実感を味わえない人を見ると、とても悲しくなってしまいます。幸せは隣の誰かと比べて確認するものではありません。自分の心を満たすものを見つけられなければ、いつまでたっても隣の芝生の色が気になります。隣の芝が青く見えてしまうのは、自分自身の心の問題なのです。

幸せの対価(1)

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欲とストレス

「依存症」と聞くと、薬物やギャンブルを思い浮かべる方が多いと思います。また、買い物依存症という言葉もありますね。いずれの依存症も精神的ストレスから逃れるための反復的な行為です。

 

私も、受験生の頃、スナック菓子を食べながら勉強するのが習慣になっていました。それを依存症と呼ぶのは大袈裟かもしれませんが、ストレスを解消するための行為だったことは間違いありません。

 

私の部下にも、貯金ができないと愚痴をこぼす者がおりますが、聞くと、ネイルアートだ、この冬流行りのコートだ、と“必要な物”にお金がかかるとのこと。まあ、自分で稼いだ給料ですからどう使おうと勝手ですが、お金の使い方があまりにも刹那的だと感じるのは、私が歳を取ったからなのでしょうか。

 

一方、私はと言えば、最近はストレス解消に“仕事帰りに一杯引っかける”などということが無くなりました。かつては、週に1~2日は上司に付き合ったり、時には一人で飲み屋の暖簾をくぐったりしたものですが、今はそのようなぶらりと寄り道して飲んで帰るということは全くありません。下手に部下を誘うとパワハラにも成りかねないご時世。部での飲み会の数もかなり少なくなりました。家で妻と杯を交した方が何となく気が楽というのも理由のひとつです。そういえば、最近は「飲まなきゃやってられない!」などと、爆発(?)することもほとんど無くなりました。これはどういったことなのか、自分なりに分析してみると、大体次のようなことが考えられました。

 

1)50代になり定年も見えてきたので、がむしゃらに仕事に傾注する必要を感じなくなった。

2)家を建てて、これ以上大きな出費を伴う人生のイベントが無くなった。

3)娘たちが大学生になったので、子育ての終わりが見えた。

 

ということでしょうか。

考えてみると、かつては終電が無くなるまで、あるいは徹夜で仕事をするということが珍しくありませんでしたが、ここ数年は、仕事が忙しくても夕飯は妻と摂れるようにあまり遅い帰宅は避けるように心がけています。もっとも、今は社会全体が残業を良しとしない風潮ですから、これは当たり前の話です。また、娘の進学のことで夫婦でヤキモキすることもなくなりました。さらに、新居に引っ越して、隣近所、上の階、下の階の住人に気を使いながらの社宅生活から解放されて、のびのび生活できるようになりました。考えてみると、夫婦喧嘩の数もめっきり減りました。

 

このあたりが、“自棄酒”が無くなった原因ではないかと思っています。念のためここでお断りしておきますが、“自棄酒”とは言いながらも私の場合は、“明るいお酒”であります。

 

ともあれ、最近は自分でも心が安定していることが分かります。もちろん、仕事で嫌な目に遭うこともありますが、不思議と尾を引きません。気持ちを切り替えることが以前よりも容易になったような気がします。年齢から来る達観かもしれません。

 

もう一つ気がついたことがあります。

このブログを始めて、これまでいくつか貯金のことや節約のことをテーマに記事を書いてきました。私の過去の経験を認めたものなので、書いた内容な事実なのですが、今現在、貯金とか節約という言葉が頭の中に浮かんでこないのです。

 

これは、お金を湯水のごとく使っているということではなく、むしろ逆で、お金をあまり使わなくなったということです。以前は、何かしようとするときは決まって、「もったいなくないか」、「無駄ではないか」と頭の中で考えを巡らせ、お金を使うことに慎重でしたが、今は、夫婦での旅行も毎月の積立の範囲内で行けそうなところを選んだり、日々の買い物も生活に必要なものを買い揃えたりと支出が決まった範囲内で収まっているため、お金の使い方で逡巡することが少なくなりました。欲が無くなったとも言えそうです。

 

ストレスが解消されたのとほぼ同じくして物欲が小さくなったのは、無関係ではないと私は思っています。これまでストレスフルな生活のはけ口として、浪費に走ろうとする意識があったのは否めないからです。幸いにして、私たち夫婦は、新婚当初に目的をもって貯金に励んでいたため、それが浪費のブレーキになりましたが、そのような夫婦での約束がなかったら、ストレスの解消の手段としてお金に依存していたかもしれません。

 

お金は心を満たしてくれるのか

思えば、人間の欲求は膨らまそうとすると際限の無いもので、自分の欲求に振り回される人は、例え欲しい物を全て手に入れることができたとしても、また次の欲しい物が目の前に現れるのではないかと考えます。お金を使うことでしか欲求を満たすことができないということは、お金に依存していることになります。これではいつまでたっても心が満たされるときはやって来ません。

 

私は、不安を感じずに生きることができれば、それが幸せだと思っています。まずは自分自身が安らいでいること。次に、家族に安らぎを与えられること。そして、そのような、心が満たされた状態が幸せなのだと思います。

 

この世の中で生きていく以上、お金は必要不可欠であることは当然ですが、お金に振り回されてしまうと、幸せは遠のいてしまいます。本当に心を満たしてくれるものはお金で直接買える物ではありません。

天下りの話

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マイプロジェクトを作りたい

天下り」と言うと、官庁や融資元の金融機関などから民間企業への押し付け的な移籍のことを指します。あまりいいイメージが湧きませんよね。私も会社人生約30年で「天下り」の役員と仕事をしてきましたが、あまりいい思い出がありません。

 

それでも、銀行などから下って来て“部長付き”などの役職(?)に就く人は会社にとってプラスになることが少なくありません。自分の立場を弁えているので、仕事の邪魔にはなりせんし、ある銀行からの天下りさんは、ファイナンスに関する深い知見もあり、プロジェクトの資金調達などではいい相談役でもありました。銀行への伝手もあって、ありがたい存在でもありました。しかし、ご本人からすると、どんなにプロジェクトに貢献できてもこれ以上の昇格の芽があるわけでもないので、いつもどこか寂し気な様子だったのを覚えています。

 

一方、問題なのは官庁からの天下り組です。お役所でどんなにいい仕事をしてきても、民間企業での実績はゼロです。実績がない人間がある日突然役員、あるいはそれに準ずるポジションに就くことほど不幸なことはありません。

 

何故か、その手の天下りは社内での自分のプレゼンスに異様に執着し、先走ってプロジェクト立ち上げを役員会でぶち上げ、それを下々の者に押し付けるという無茶なことをします。会社の業績や事業の収益性など眼中になく、ただ一日も早く“マイプロジェクト”を持ちたいという一心に突き動かされているようでした。

 

これまで見てきた天下りは、えてして社長への取り入りに長け、マイプロジェクトを立ち上げるところまではうまく駒を進めることができました。しかし、出来上がったプロジェクトは、不思議と悉く失敗に終わっています。

 

新規のプロジェクトは、鉛筆の舐め方次第でバラ色にも灰色にもなります。10年、20年と続くプロジェクトは様々な外部環境に晒されあらゆるリスクに直面することを想定して、最悪の場合の出口戦略まで考えた上で最終投資判断をすべきなのです。ところが、プロジェクトの立ち上げだけが目的化してしまうと、見たくないものは目をつぶって前に進んでしまうことになります。

 

失敗はみんなの責任

我が社にも最終投資判断をするまでにいくつもの関門がありますが、すでに社長まで根回しが済んでいる案件については、審査部門も異を唱えることを躊躇してしまいます。そうして出来上がったプロジェクトは数年もすると会社のお荷物になります。

 

さて、その責任は誰がとるのか。誰も取りません。

 

数年前、社長交代を機に、失敗したプロジェクトを総括して今後の新規プロジェクトの審査や投資意思決定に役立てようという企画が持ち上がりました。非常にいいことだと思いました。事業部としても、これまでいくつもの失敗したプロジェクトの責任を負わされてきたことから、これらのプロジェクトがどのような経緯で生まれ投資判断がなされたのか、何が失敗の原因だったのかを究明することで、健全なボトムアップ型のプロジェクト立ち上げができることを期待していました。しかしながら、失敗プロジェクトの原因究明は骨抜きになりました。要は、いくつもの審査を経て最終的には経営陣の総意でゴーサインを出したプロジェクトであるから、一個人に失敗の責任を負わせるべきではない、という結論です。

 

いやいや・・・これまで、失敗を重ねてきても誰も責任を取ろうとしなかったからこそ、その失敗の原因を究明しようとしたのではなかったのか。部長以下は、仕事のミスで飛ばされることもあったにも拘わらず、役員が犯した失敗には目をつぶるのか。

 

結局、失敗プロジェクトの総括はお粗末なものとなりました。若手・中堅社員からも少なからず落胆の声が上がっていましたが、役員フロアにはそのような声は届かなかったようです。

 

羹に懲りて・・・

件の天下り役員は、夢よ再びとばかりに部下に対して発破をかけますが、次なるマイプロジェクトはなかなか出てきません。有望なプロジェクトの卵があるにも拘わらず、今度は失敗を恐れるあまり、意思決定ができなくなってしまいました。

 

どんなプロジェクトも、利益を上げようとすればそれ相応のリスクを伴います。リスクを最小限に留める努力は必要ですが、ゼロにすることはできません。最終的には会社として、そのリスクを許容できるかどうかが判断基準になります。リスクを恐れ過ぎるとチャンスを逃すことになります。天下り役員は、大やけどを負った記憶が消し去れず、今度はマッチの火を見ただけで逃げ出そうとしているようです。

 

ビジネスにはリスクがつきもので、失敗することも当然あります。そんな当たり前のことを知らずに天下ってきた者に企業の役員など務まるはずがありません。

「残りの人生」をいつから始めるか

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それでも払拭できない老後の不安

ブログを始めてから老後をテーマにした記事をいくつか書いてきました。現役時代から年金受給後まで安定して持続可能な生活レベルとは何かを考えることで、金銭的な不安は軽減できると考えていますが、今一つ根源的な不安の解消にたどり着けていない気がしていました。

 

やはり、そこには老後というステージがいつ終わるのか - 何歳まで自分は生きられるのか - が確定していないことと、お金で解決できない問題から目を逸らしていることが原因だと思っています。

 

どんな老後が待っているか想像してみる

私は決して悲観主義者ではありません。しかし、老後のための準備という点から、“縁起でもない”ことを想像することは必要なのかもしれません。

 

老後、娘たちが独立して、夫婦2人での生活となったとき、毎年2人で旅行したり、好きなことを楽しんだりできる期間がどれだけ残されているか。厚労省の報告書では、「日常生活に制限のない期間の平均」は、年金受給年齢を65歳とすると、男性で7年余り、女性で10年弱というのは、以前お伝えした記事のとおりです。

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これは、あくまでも統計の話ですが、私たち夫婦がこの統計のとおりだったとすると、誰の手も借りずに夫婦2人だけで気ままにレジャーを楽しめるのは、7年ほどということになります。7年というと、あっという間のことです。もちろん、繰り返しになりますが、これは統計上の話。とは言え、アウトドアや旅行以外で、“日常生活に若干の制限が生じた後でも”夫婦で一緒に楽しめることを見つけておく必要があると感じました。

 

また、夫婦のどちらかが死んだ場合のことを考えてみます。幸い、私も妻も家事や炊事はこなせますので、独り暮らしになってしまっても、健康であるうちは家の中のことは支障なく行えます。ただ、死ぬまで話し相手がいないというのは何とも侘しい限りです。もちろん、娘たちはいますが、もし、彼女たちがそれぞれの家庭を持っていたとすれば、あまり親の面倒に時間を割いてほしくはないというのが正直な気持ちです。そうならないように、何か外部との交流の機会を作っておく必要があるのかもしれません。それが趣味の集まりであれ、ボランティア活動であれ、社会的なつながりを持つことは健全な心身を保つことになると考えています。

 

ところで、会社の同僚や部下にそれとなく聞いてみると、共働きの家庭が珍しくない今日でも、家事や炊事の大部分を奥様にお任せ状態のところが依然多いようです。これは由々しき事態ですよ(私の勤め先だけかもしれませんが)。それこそ“縁起でもない”話ですが、老後、奥様に先立たれた後、食事はコンビニ弁当か外食、家は散らかり放題・・・とならないよう、男性陣はこれからでも、家事分担を見直した方がいいのではないかと思います。

 

夫婦のいずれかが先立った場合よりも厄介なのは、寝たきりとなってしまった場合です。私は、妻が寝たきりになった場合でも、可能な限り自宅で面倒を見てあげたいと考えていますが、逆に自分が寝たきりになった場合には、介護施設に入れてもらいたいと思っています。男性が女性の面倒をみるのと、その逆とでは肉体的な負担が違うからです。このあたり、私たち夫婦でもまだ結論が出ていませんが、折に触れ話をしています。

 

不安を受け止めてみる

老後の不安は考え出すときりがありませんね。しかし、想像しうる範囲でそのような不安をさらけ出し、ご夫婦で話し合うことで、自分たちが何を恐れているのかを受け止め、心の準備を行うことができるのではないかと思います。また、世帯者・独身者に関わらず、同じような不安を抱えている人は少なくないでしょう。身の回りや、SNSで思いを共有できる友人を探すことも可能な時代です。

 

“縁起でもない”話を日ごろから話題にするのは、殊すでに老後生活に入っている先輩方からしたら、「けしからん」ことかもしれませんが、むしろ、もう少し若い世代に属しているうちから、前向きに議論することは悪いアイデアではないと考えます。

 

私自身も偉そうなことを言える立場ではありません。

父親はすでに20数年前に他界しており、今は老齢の母親が片田舎で独り暮らしをしています。母親は舅姑と折り合いが悪かったので、一緒の墓には入りたくないと言っています。では、どうしたいのか、となるといつも有耶無耶で話が終わってしまします。自分が死んだときのことを息子が話題にするのは“縁起でもない”ことかもしれませんが、これもまだ母親が口達者なうちにできること。今度会ったら、逃げずに話をしたいと思います。

 

「残りの人生」を今から考える

老後のことを考えるのに定年まで待つ必要はありません。定年後の「残りの人生」を今から少しずつ始めてもいいわけです。現役世代の中には、老後の不安はあるが仕事に追われてそんなことまで考える余裕はない、と仰る方もいるでしょう。しかし、あなたが、仕事一辺倒の人間だとしても、自分の頭の中のほんの一部に老後のことを考える隙間を用意しておくことは可能だと思います。週末のわずかな時間に夫婦で話の場を作ることだってできます。そうして定年が近づくにつれ、老後のことを考えたり、準備のために費やす割合を少しづつ増やしていければ、現役時代から老後生活へ継ぎ目のないシフトが可能となります。

 

私たち夫婦の場合は、これから、夫婦共通の趣味や楽しみを一つでも多く作っておくこと、また、趣味のサークルなどのコミュニティ探しが老後に向けての課題といったところでしょうか。料理下手な男性陣は奥様のお手伝いをするとか、料理教室に通うというのも老後に向けた準備活動になるのではないでしょうか。

 

先日、退職した会社の先輩は、「家にいても暇だから」という理由で再雇用嘱託となりましたが(その理由の真偽は別として)、家にいて暇ということは決してありませんよ。家事は探せばいくらでもあります。老後生活は結構忙しいと思っています。

 

お金を使うタイミング

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本当に欲しかったものは宝物になる

世の中、お金持ちもいればそうでない人もいますが、お金の使い方次第で幸せにもなれば、不幸せにもなります。

 

使い方に困るほどお金を持っている人を除き、多くの人は、やりたいこと、買いたい物はたくさんあるのにお金が足りない、と感じているのではないでしょうか? 

 

しかし、少し立ち止まって考えてみましょう。これまで、お金を貯めて何か欲しい物を買った時の気持ちはどうでしたか? 

 

私は中学生の頃、小遣いを貯めてアコースティックギターを買いました。本当に欲しい物だったので、いろいろと我慢して一年間コツコツとお金貯めて買った、私にとっては宝物でした。当時の値段で約4万円ですが、お札を握りしめて楽器店まで走り、ようやくギターを手にした時の気持ちの高ぶりは忘れられません。今もそのギターは家に置いてあります。かなり弾きこんだので、フレットも摩耗していてきれいな音が出なくなってしまいましたが、私にとっての宝物ですから、手放すことなど出来ません。

 

高ければ満足か?

一方で、大学時代。授業料の支払いで大変だったにも拘わらず、周りの同級生への見栄から、大枚を叩いて買った革のジャケットがありました。“駅のそば”のデパートで、当時の値段で十数万円。奨学金で大学に通う学生が買うには分不相応な代物です。おかげでその後しばらくは食費を切り詰めなければならない始末。それでも、自分で稼いだお金でこんな物も買えるようになったと、一時の満足感を得られたのも確かでした。結局、そのジャケットですが、2~3シーズン着て古着屋に売りました。あれだけ高いお金を払った割に愛着を感じるものにはなりませんでした。今振り返ると、自分は本当にそのジャケットが欲しかったわけではなく、“値段の高い”ものを着てみせたかっただけだったのだと思っています。本当に愚かなことをしたものです。

 

まあ、自己弁護になってしまいますが、いろいろな局面で若気の至りというものはあるもので、お金の使い方で失敗したことが後々の人生で役に立つのであれば、高い授業料として受け入れることができます。私の場合、自身の失敗から学んだ教訓は、お金を払う前に、本当にやりたいことか、欲しい物かをしつこいぐらいよく考えなければならない、ということでした。物の本当の価値は値段の高低ではなく、手に入れた本人の心を満たすものになり得るか否かです。私の失敗のように、高い買い物をすることで満足感を得ようとする場合もあれば、多くの人々が欲しがっているブランド品を身に着けることで優越感に浸ろうとする場合もありますが、それで本当に自分の心が満たされているのかを再確認する必要はあるのではないでしょうか。

 

お金を使うタイミングの大切さ

湯水のごとくお金を使える人を除き、多くの人の場合稼げるお金には限界があるので、その範囲内でできること、買える物を決めなければなりません。使うタイミングを間違えると、本当に必要なものを逃してしまうことにもなります。目先の欲しい物を買ってしまったことで、あとで本当に必要な物を買うお金が無い、なんてことになったら何のために働いてきたのか分からなくなってしまいます。稼ぎのいい仕事に就いていても、使いたいだけ使っていたら、将来本当に欲しいものが目の前に現れたときに手が出せないということにもなりかねません。

 

一生に同じだけお金を稼げる人が2人いるとしましょう。一方は、その時々で欲しい物を買う人。もう一方は、一生で手に入れたいものを予め決めておいてその時のために計画的にお金を使うことを考えている人。どちらが最終的に真の満足感が得られるでしょうか。

 

私と妻は、新婚当時に話し合って決めた“夢”を実現するために、「やりたいこと」や「買いたい物」があっても決して衝動的にお金を使うことはしないよう心掛けてきました。ウィンドウショッピングをしていて気に入った物があっても、しばらくして考え直してみると、さほど欲しい物ではなかった、という経験はありませんか? 

 

私の娘たちは、大学生になりアルバイトをして自分の欲しい物を買えるようになりました。私は娘たちに、欲しい物は3回考えてどうしても欲しかったら買うようにと言い聞かせています。それでも親の目から見ると、“なんと無駄な”という買い物をしていると感じることもあります。ただ、これは彼女たちの価値観ですので、親とは言え、そこまで踏み込むつもりはありません。いずれ、彼女たちにも、無駄なお金の使い方と必要なお金のかけ方の違いが分かるときがくるはず・・・と信じています。

 

お金を貯めることが目的ではない

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貯めたお金の使い道

以前、節約のヒントとして車無しの生活について書きました。車を手放すことで浮いたお金を貯金に回すというものです。

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車を処分した頃、知り合いの中には「そこまでして金を貯めたいか」と、揶揄う者もいました。今でこそ「若者の車離れ」などと言われていますが、当時私たちの住んでいた社宅では約30世帯のほとんどが車持ちでした。車を持っているのが“普通”だと思われていましたので、あえて車を手放すのは珍しいことだったのかもしれません。

 

当時私は奨学金や会社からの借金を返済中で、新入社員に毛が生えた程度の身分としては、貯金する余裕がありませんでした。幸い、車が無くても生活できる環境にいたこともあり、妻とも相談して車無し生活を始めたわけです。

 

こうして、わが家も貯金ができる状態になりましたが、何の目標もなくお金を貯め続けるというのはあまり楽しいものではありません。お金は使って初めて価値あるものになるからです。お金の使途がはっきりしていれば、貯金を続けていく励みにもなります。目先の無駄使いの誘惑に負けることなどないはずです。

 

これも以前書きましたが、私と妻は、結婚したばかりの頃、子供は二人持ちたい、老後安心して住める家を持ちたい、というささやかな(?)夢があり、それを実現するためにお金を貯めようという話になっていました。そして、まず当面は子供が幼稚園に通えるだけのお金を貯めることを目標にしました。夫婦の夢をかなえるためのお金ですから、楽しみながら貯金を続けていくことができました。

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世の中、お金を貯めるのが趣味という人もいますが、そうでなければ、闇雲に貯金をし続けることは苦痛になってしまいます。やはり、今貯めたお金を使って将来何をするのか、という目的をはっきりさせることが肝心です。目的のある貯金であれば、節約生活も楽しいものになるはずです。

 

いきなりエベレストには登れない

ところで、貯金に励もうと思っても、目標があまりに壮大だと途中で挫折してしまうかもしれませんね。経験もなく準備もせずに、いきなりエベレストに登れる人はいません。同様に、今まで稼いだ給料を毎月きちんと(?)使い切っていた人が、急に貯金を始めるというのは大変だと思います。無駄使いも節約も方向は真逆ですが、生活習慣であることに変わりはありません。今までの習慣を変え、定着させるのは想像以上に難しいことなのです、また、若い時はあまり貯金に回せるお金もありません。毎月数千円を貯金するのがやっとかもしれません。その時に貯金1億円! などという目標を設けても現実味が感じられません。私たちの場合、まずできそうな目標からチェレンジすることにしました。子供が幼稚園に通えるお金を貯めることができれば、それが自信になって、もう少し大きな目標を立てられると考えたのです。

 

まずは貯金の目的を決めること。何のためにお金を貯めるのか。そして、そのうちの最初の目標を決めます。例えば、家を購入するための頭金1000万円を貯めるとするならば、最初のマイルストーンを100万円にします。100万円の貯金が達成できたら、次の200万円までも何とかなりそうな気がしてきます。200万円の次は500万円。目標額まで貯金ができると、それが自信となり、少しずつ目標を上げていくことができます。ただし、そのときも目の届く距離にマイルストーン - このくらいならできそうという目標 - を置くことが大切です。無理なくストレスなく続けていくのが貯金のコツです。

 

我が家では、マイルストーンまで貯金を達成できた時は、夫婦でお祝いをしています。と言っても、ケーキを買ったり、少しだけ贅沢をしてワインで乾杯したりとささやかなものですが。そのようにして、今でも楽しみながら貯金を続けています。