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危機感と現実の問題

あちらとこちら

社員の意識調査を題材に部内でディスカッションをすると言う話がありました。先週、部員を4~5名ほどの三つのチームに分けて議論しました。

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私は部長に議論への参加を促しましたが、自分がいない方が忌憚の無い意見も聞けるだろうと、もっともらしい理由を挙げていましたが、明らかに腰が引けていました。

 

会社では、組合員が管理職を「あちらの方」と皮肉たっぷりに言うことがあります。この間までの同志が、幹部社員になった途端に経営陣の顔色を窺い、一般社員の気持ちを蔑ろにするようになることが往々にしてあるからなのですが、管理職が全てそういう人間と言うわけではありません。

 

ただ、この会社に長く勤めて来た一人として私が想像するのは、この種の議論に管理職が参加して、経営陣に対して辛辣な意見を上げた場合に、部署の長としての立場が揺らぐ可能性があると言うことです。役職を脇に置いて一社員として真摯な意見を述べたとしても、「若い奴等に迎合している」、「部下のガス抜きをしている」と、立場を弁えない人間にさせられてしまうのです。

 

中間管理職は“こちら”の人間なのか、“あちら”の人間なのか。両方を立てようとすれば板挟みになって苦しみます。苦しみたくなければ長い物に巻かれるしかないと考える者がいても、私にそれを責める資格はありません。私は苦しまなければならないポジションから逃げたのですから。

 

同じ社員とは言え、立場の違いで見ている方向は異なります。会社を良くするために俯瞰的な観点から議論を交わすのが目的だと分かっていても、悪しき慣習の前では、そんなことは二の次で自分の立場を悪くしないように振舞う者が少なからず出てきます。思うに、部長もそうなることを考えて議論への不参加を決めたのでしょう。

 

危機感を生み出すもの

私が部長は議論に参加しないことを告げると、ディスカッションメンバーのひとりが、「“あちらの方”は下の人間から激詰めされるとでも思っているんじゃないですか」と軽口を叩きましたが、それが的を射ていたため、私としては笑うに笑えませんでした。

 

議論は予想どおり、今の会社の経営陣にとって辛辣な意見が並びましたが、若手や中堅社員の思いを十分に引き出せたのではないかと感じました。

 

危機感や意識の変化についての設問でとりわけ顕著だったのですが、経営陣と社員との間で認識の差にかなりの開きがありました。経営陣の回答は、社員に見られることを意識して回答したのではないかと勘繰りたくなるほど楽観的な傾向にありました。社員に無用な不安を与えないようにとの考えが滲み出ているような回答結果は、かえって会社の現状から目を背けているのではないかと思わせるものでもありました。

 

対する社員の回答は、不自然な偏りはありませんでしたが、「主な意見」の欄には当たり障りの無いコメントが並んでました。過激な意見は主管部が排除したのでしょう。

 

意識調査では、例えば、「会社に危機感はあると思うか」と、意図的か否かはともかく、不明瞭な設問が少なくありませんでした。

 

業績の低迷、人材流出、事業環境の変化への対応 - 職種や役職、年齢によって危機感を抱く対象は違ってきますが、社員が恐れているものが何かを明確にしなければ対処の仕様もありません。キーワードが指す対象が不明確、あるいは、設問の趣旨が曖昧なため、「どちらとも言えない」と言ったグレーゾーンの回答者が一番多い結果となってしまうのでした。

 

ディスカッションでは、“調査結果から何が読み取れるのか” を論じるところから始めて、問題点の抽出、解決策の検討へと話を進めました。途中、休憩を挟んでの二時間の長丁場でしたが、部長の期待どおりに忌憚の無い意見を共有することが出来て意義深い時間となりました。

 

あとは、各チームで出された意見を持ち寄って、主管部に提出するだけでした。様式の指定は無いので、無理に意見を集約する必要はありません。

 

私が進行役を務めたチーム以外では、隣りの課の中堅社員二人が進行役を買って出ました。課長はあえて一参加者に徹したいと、進行役を部下に譲りました。

 

三チームそれぞれに多様な意見が出されましたが、ほとんどの部員が、会社の現状と今後の対応が一般社員に共有されていないことに対する不安・不満を抱いていました。自分の職場で起きていることの根本的な原因や、経営陣がそれに対してどのように取り組んでいるのか見えないこと。それが危機感を生み出しているのです。

 

大きな苦痛

このような機会が無ければ、会社が抱える問題について職場で話し合うことも無かったことでしょう。しかし、実際の現場では、昨日まで机を並べていた同僚が会社を去り、その補充もままならないと言った、人材流出や人手不足が現実の問題として起こっており、わざわざ頭を捻って抽出するような潜在的な問題ではありません。

 

人手不足は、私が部長職の頃からすでに切実な問題になっていましたが、会社は効果のある対応策を見出せずにいます。当時から人事部は「有能な人材が集まらない」と言い訳をして、会社では無く労働市場に問題があるかのような口ぶりでしたが、実際はそうではありません。

 

毎年の採用計画どおりに新入社員を受け入れ、欠員を中途採用で補充しています。「人材が集まらない」のでは無いのです。問題は、会社に有能な人材を引き留めるだけの魅力が無くなってしまったことです。それを認めることは経営陣にとっては大きな苦痛を伴うものでしょう。

 

部内の議論は、「経営方針」、「人材育成」、「評価制度」などテーマごとに分類して、部員から出された意見を列挙しました。二十人足らずの意見を無理に集約することはしませんでした。

 

隣りの課の課長からは、「こんなものを提出して大丈夫なのか」と不安の声を漏らしました。議論の進め方と取りまとめは任せると言ったのだから、今さら口出しは無用。そう私が伝えると、課長は自分の意見を削除するように言いました。“あちら”と“こちら”の間を彷徨う社員がここにもいるのです。