和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

フレンチトースト

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気まぐれのパン食

私は基本的に米食派なので、パンは年に数えるほどしか口にしません。

 

朝は掃除と洗濯を終えた後の塩おにぎりと味噌汁、それに濃い目のコーヒーが私の定番です。おにぎりとコーヒーと言うのも、昔から妻に「それはおかしい」と言われ続けているスタイルですが、自分が美味しいと思えばそれで良しだと開き直って数十年経ちました。

 

パンと番茶の相性は試したことはありませんが、それを好む人がいるとしたなら、私とは以外に気が合うかもしれません。

 

とは言え、私はパンが苦手と言うことではありません。

 

普段の買い物では、家族用に六つ切りのパンを2斤ぐらい買い求めるのですが、たまに減りが遅い時など、妻や娘からはパンを“片づける”ように言われることがあります。また、家族から言われるまでも無く、無性にパンが食べたくなることもあります。

 

気まぐれでパンを食べる時は、オリーブオイルをたっぷり目に塗ったものをトースターできつね色に焼くか、時間のある時はフレンチトーストにするのが定番です。

 

恋しい味

ダスティン・ホフマンが映画「クレイマー・クレイマー」の中で作っていたフレンチトースト。当時小学生だった私には未知の食べ物で、試しに自分で作ってみたものの期待したほど美味しいものではありませんでした。

 

以来、数十年、気が向いた時の試行錯誤でたどり着いたレシピは、牛乳と卵の黄身、砂糖の代わりにハチミツ、パターの代わりにオリーブオイル、でした。

 

たまに作るフレンチトーストは感動するほど美味と言うわけではありませんが、映画の終わりが単純なハッピーエンドでも無くバッドエンドでも無く、家族の再生を感じさせる余韻が、私にとってはフレンチトーストを恋しく思う理由なのかもしれません。

 

美味しいはずの味

コロナ禍の少し前にオープンした近所のコッペパン屋さんは、メニューも豊富で立ち止まって店内を覗き込んだことはあったものの、いわゆる総菜パン的なものに私の食指は動きませんでした。

 

その後、在宅勤務が基本となり、家族で昼食を摂る毎日が続いたことと、自治体が住民に配布したコロナ対策の商品券が手元に届いたこともあって、件のコッペパン屋さんで昼食を調達したことがありました。

 

その時に食べたクリームチーズとサーモンの入ったパンは、もう一度食べてみたいと思わせるくらいの美味しさでした。お店には大変失礼な話ですが、私としては全く期待していなかった分、美味しさの感動が増幅したのだと思います。

 

何にせよ、試す前から変なバイアスをかけてしまうのは良くないことで、食べ物の場合は食わず嫌いと言う言葉もある通り、まずは出されたものを真っ白な気持ちで味わうべきなのだと、少しだけ反省しました。

 

それとは逆に、人から勧められて、その味が残念だった時のリアクションの取り方によって、自分の“大人度”が試されることがあります。

 

私は思っていることが顔に出やすいと、妻曰く、口が酸っぱくなるほど注意され続けてきました。

 

そのようなことは決して無く、私としては自分のことをむしろ感情を露わにしないタイプの人間だと考えているのですが、ふとした瞬間に何を考えているのか分かりやすい表情になってしまうことがあるそうです。

 

しばらく前に、義姉が妻の見舞いに訪れたことがありました。その時、手土産として話題になっているベーカリーのパンを買ってきてくれました。

ちょうどおやつの時間でしたが、おやつに食パンは如何かとも思いつつ、せっかくだからと上の娘が一人一切れずつ切り分けて“試食”となりました。

 

義姉は、“高級”と言う触れ込みなのだから美味しいはず、と私たちの反応を期待している様子がありありでした。妻も娘たちも美味しそうにパンを頬張る横で、同じパンを口にした私の頭の中では、いつものスーパーのパンの方に軍配を上げていました。

 

義姉が帰った後、妻から私は窘められました。“また”顔に出ていたと。そうは言っても、値段まで聞かされて、何度も「美味しいはず」と言われてしまうと、期待値は自ずと上がってしまいます。「美味しいはず」と言われて美味しいと思い込んでしまう人もいれば、私のようにがっかりしてしまう人間もいるのは仕方の無いこと – そんな言い訳を妻にしても“仕方の無いこと”だと私は素直に謝りました。

 

過日、妻の通院の付き添いをした時、噂のベーカリーの前を通りかかりました。けったいな店名のベーカリーの前はこれまでも何度も通ったはずですが、妻は一度も立ち寄ろうとはしませんでした。その時妻はボソッと言いました。「自分では買わないわね」。

 

“大人度”の高い妻が義姉の手土産のパンをどう思ったのか、私はわざわざ蒸し返す話でもなかろうと、二度と美味しいはずのパンのことは話題にしません。

 

所詮、人の味覚などいい加減なものなのだと思っています。私は家族からマンネリだと言われても、気が向いた時に、感動するほどの美味でも無いフレンチトーストを作り続けるのでしょう。