和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

もったいない教

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ゴミは少なく

我が家のモットーは二つ。無駄なものにお金を使わないこと、そして、物を粗末に扱わないことです。

妻は、断捨離した衣類もパッチワークしてランチョンマットにしたり台布巾にしたりと、使い潰すことに情熱を注ぐタイプです。今も体調の良い時はミシンを引っ張り出してきてはリサイクルに励む日があります。

 

食べ物も出来るだけ無駄にしないことを心がけています。余計に買い過ぎないよう注意するのもさることながら、買った物は極力ごみにしないようにしています。大根の葉や皮は味噌汁の具やきんぴらに、お茶の出がらしは佃煮風にと、食べられるものは胃袋の中へ。出すゴミは最小限になるように努めています。

 

スーパーで肉や魚を買った時にポリ袋に入れますが、これは料理をする時のごみ袋になります。食事の支度をする際に出る生ごみは、その都度ポリ袋に入れて口を縛ると、燃えるゴミの日まで冷凍庫に貯め置くことにしています。

 

使わない食器

引越しの度に処分に困るのが使わない食器類です。普段の食事で使う食器は決まっており、茶碗が欠けたりすれば買い替えますが、それ以外のほとんど使わないものが食器棚の奥に眠っています。

 

私の両親が今の家に転居する際にかなりの量の食器を処分したのですが、妻の“目利き”で一部の食器は我が家で譲り受けることになりました。それとは別に、知人の結婚式で頂いた引き出物。これも結構な量になります。今でこそ冠婚葬祭に呼ばれることはほとんど無いので、“頂き物”は増えなくなりましたが、かつて溜め込んだ食器は二十年以上もの間出番待ちの状態です。

 

今の家に引っ越しをする際に、私は妻に使わない食器の断捨離を提案しましたが、即座に却下されました。知人からの頂いた品を処分するのは気が咎めると言うのが彼女なりの理由でした。では、たまに使ってみようかと私が言うと、妻はそれにも難色を示します。

 

どこのブランドかは忘れてしまいましたが、新婚時代に洗い物をしていた私がうっかり器を割ってしまったことがありました。妻は、親友から結婚祝いにもらったその器のセットがお気に入りだったようで、それまでは頻繁に食卓に登場していたのですが、私の“うっかり”のおかげで、二度とお目にかかることは無くなりました。

 

以来、妻にとって大切な食器類は、たまに引っ張り出して目で楽しむ物となっています。

 

卵の殻とガラスケース

食器類とは別に、我が家には無駄に場所を取っている物があります。海外駐在中、妻が英語の勉強も兼ねてエッグアートの教室に通っていた時期がありました。

 

駐在当初は、上の娘の不登校問題もあり、私以上に妻はつらい思いをしていたのですが、それも一段落着き、ようやく現地の生活にも慣れた頃だったので、私は妻の楽しみに口を挟むことはしませんでしたが、気がつくと結構な作品数になりました。

 

ある年の妻の誕生日に、私は妻の力作を飾るためのガラス製のショーケースをプレゼントしました。縦横50センチ、高さ2メートルほどのそれは、妻の作品全てを飾ることは出来ませんでしたが、ダイニングルームの一角が専用のギャラリーになったことを妻は思いのほか喜んでいました。

 

そこまでは良かったのですが、帰国の際、妻が作品群を連れて帰ると言い出した時には一騒動となりました。

 

駐在員の引っ越しにかかる費用は会社持ちですが、それにも限度があります。航空便と船便とで重量や容積が決まっています。我が家は、帰国が近づくとガレージセールを開いて不用品を処分して日本に持ち帰る荷物を減らすよう努めましたが、引っ越し業者に下見をしてもらったところ、会社の規程を大幅にオーバーしていることが分かりました。理由はエッグアート。“こわれもの”として厳重に梱包して運ぶとなると、かさばってかなりの容積になってしまうようでした。

 

百歩譲って、自腹でこわれものを日本に持ち帰ったとしても、置く場所がありません。帰る先は社宅です。そこの一部屋の半分くらいが卵の殻 – と言っては妻に叱られてしまいますが – で埋め尽くされてしまっては、親子四人での生活に支障が出ることは火を見るより明らかでした。

 

私は何とか妻を説得して、日本に持ち帰る作品はガラスケースに収まる数だけにしてもらい、あとの物は現地のエッグアート仲間に引き取ってもらうことで納得させましたが、妻は帰国してからも「もったいない」と繰り返していました。

 

食器にエッグアート。我が家では依然これらは断捨離の対象外になっています。生活を送る上では役立っていない物ではありますが、それでも妻にとっての精神安定剤の役割になっているのであれば、それなりの効用はあるのかもしれません。