和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

後払いの報酬

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退職金の期待と現実

私の先輩のEさんは、昨年6月に定年を迎え、現在再雇用嘱託で働いています。今まで一緒に仕事をしたことはありませんでしたが、同じ大学出身でもあり、折に触れ情報交換をする間柄です。

 

定年を迎えた時、Eさんは退職金の額が期待を下回っていたことをぼやいていました。家のローンを完済した残りで定年後の生活をエンジョイする算段だったようですが、それも叶わず、不本意ながら嘱託で働かざるを得なかったと言いました。

 

おそらくEさんは、かつての諸先輩方がそうしてきたように、自分も退職金で負債を片付けて悠々自適の老後を満喫するつもりだったのが、人事部から退職金の説明を受けて初めて自分の当てが外れたことを知ったのでした。

 

Eさんは退職金に関する不満を吐き出したかっただけだったのでしょう。退職金の額ぐらい、ちょっと調べれば分かるのですが、それを今のEさんに伝えてわざわざ神経を逆なでする必要もないと、私は聞き役に徹していました。

 

退職金の規程は社員であれば誰でもイントラネットから入手できるので、人事部に教えてもらわなくても概算することは可能なのですが、Eさんに限らず自分の退職金を下調べしない人は意外に多いようです。若い時に自分の上司や先輩から聞いた話と言いうのは頭にこびりついていて、退職金についても、昔の社員が受け取ったであろうおおよその額が記憶に残り、それがいつの間にか自分がもらえる退職金の額と勘違いしてしまうこともあるようで、Eさんの根拠無き期待もその一例です。

 

以前、別の記事でも触れましたが、妻と私は結婚当初にキャッシュフロー表を作り、ほぼ毎年更新しています。これまでの約30年の間に、給料の上昇カーブは緩やかになり続けました。退職金は給料と連動しているので、給料が伸びなければ退職金も少なくなります。私たちはかなり前から、実際に手に入れられる生涯収入は結婚当初に期待していたそれに届かないことを分かっていました。

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目の前のニンジン

会社員が一生で稼げるお金はたかが知れているので、その枠内でやり繰りするように人生設計を考えなければならないのですが、年を追うごとに枠自体が縮んできていることに気づいている社員は少ないのかもしれません。

 

私が新入社員の頃、基本給は勤続年数を反映する部分と成果を反映する部分とに分かれていましたが、圧倒的に前者の割合が多かったのです。長く勤めることが美徳とされた時代でした。また、基本給以外の手当も充実しており、扶養手当はもとより、住宅手当、大都市での物価高を考慮した都市手当、食事補助などが加算されていました。さらに、社宅の家賃もかなり割安でした。

 

そのような各種手当は、段階的に基本給に統合されました。手当が廃止されるたび、労働組合や人事部は、手当が無くなる分、退職金の算定基礎となる基本給が増えることを強調していましたが、毎年の定期昇給が抑えられ続け、後になってから、それが手当廃止の体の良い言い訳だったのだと気づかされるのでした。

 

その退職金も、会社は数年前に確定拠出型の年金制度を併設して、ある年齢以下の社員に移行を促すようになりました。おそらく退職金制度は今後ゆっくりと廃止へと進むのでしょう。勤続年数の長い社員に対する報償よりも、有能な人材を中途採用するための“売り”となる制度の拡充を図ったのでしょうが、これは両刃の剣で、退職金制度が無くなれば、長く勤めること自体にメリットが無くなり、魅力の無い会社にとっては人材流出を加速させる結果となります。私の勤め先がどこまでそのことを考えているのかは分かりません。

 

一所に一生勤めるつもりが無い若者が増える中で、長く勤めることに対する後払いの報酬としての退職金制度は採用時のセールスポイントとしての魅力を失っているのかもしれません。

 

かつては、若い時分には安い給料で懸命に働き、やがてある程度の年齢以上になれば、若い時の努力が昇給で報われるような仕組みになっていて、その集大成が退職金だったのですが、これだけ先行きが不透明な時代にあって、将来の期待は仕事の励みはなりません。有能な人材ほど、今持っている能力に対して適正な報酬額を提示できる会社を選ぶのではないかと考えます。数十年後の当てになるか分からないデザートよりも目の前のニンジンの方が魅力的なのです。