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空回りする多様化 (1)

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形から入る多様化

多様性と言う言葉がもてはやされるようになって、私の勤め先でも人材や働き方の多様化を意識し始めるようになりました。もっとも、これは、世の中の動きに合わせようとする試みであって、社内の必要性から発したものではありませんでした。

 

元来保守的な企業風土の会社にあって、とりわけ、人事部は、入社以来、他部への異動をほとんど経験したことの無い“純粋培養”社員で固められていました。そんな、多様性とは対極的な部署が、既存の体制で会社の多様化を推し進めることは無理な話でした。

 

そこで、人事部は部内にダイバーシティ推進グループを設置して、そのグループリーダーを採用するところから始めました。そして、一足先に働き方改革を推し進めている会社から人材をヘッドハントすることにしたわけです。

 

当時私は海外駐在中で、そのような会社の動きを本社にいる人間から間接的に聞いていました。ダイバーシティ推進グループのリーダーには、全く畑違いの会社の人事部に勤めていた女性を引き抜いてきました。

 

私はそれを聞いた瞬間、嫌な予感がしました。当時、会社は中途採用を始めて数年経っていましたが、その定着率は目を覆うようなものでした。ましてや、女性社員の管理職への登用すら遅々として進んでいませんでした。私の記憶するところ、その時点での女性幹部社員はわずかに2名。ともに現業部門に籍を置いていたため、管理部門の女性幹部社員は、引き抜かれて新設グループに据えられた彼女が第1号となったわけです。

 

中途採用者の定着率が上がらない原因を究明すらしない組織が、ヘッドハントしてきた人材に新設のグループを任せるのは無理があると思いました。しかも、対外的な受けを狙ったかのように女性のリーダーを登用するとは、とりあえず形だけは整えておくと言った、何とも軽薄な印象を受けました。

 

チグハグな多様化策

話はやや逸れてしまいますが、会社が何故新設のグループに“多様化促進”では無く “ダイバーシティ促進”グループと名前をつけたのか。後から聞いた話では、世間受けが良さそうだったからだそうです。思えば、昔から横文字を好んで使う役員や社員は少なからずいましたが、本来の意味を曖昧にしたまま使われている言葉が少なくありませんでした。ガバナンスやコンプライアンスなども広く使われるようになって久しい言葉ですが、定義を確認しないまま使っている外来語が多く、それがトラブルの種になることもありました。

 

ダイバーシティ」もその例に漏れませんでした。ダイバーシティ促進とは言うものの、具体的に何をどのように促進するのか、そして“何故”と言う肝心な部分が抜け落ちたまま、世間受けだけを狙って動き始めた制度改革でした。そして、鳴り物入りで始まったそのプロジェクトは、私が思っていたよりも早過ぎる終わりを迎えました。

 

プロジェクトが動き始めてから1年足らずで、ダイバーシティ促進のためのアクションプランが公表されました。「ワークライフバランス」、「シルバー人材の活用」、「女性社員の活躍支援」。3つの柱が示された中で、人事部は最後の「女性社員の活躍支援」を喫緊の課題として取り上げました。そして、10年以内に管理職の少なくとも3分の1は女性にするとの目標を掲げました。

 

当時、女性社員に関しては、国内・海外への転勤もある「総合職」と、採用地域からの異動の無い、事務サポートに特化した「一般職」の2本立ての採用を続けていました。人事部は「一般職」を廃止し、性別に関わらず同一の雇用条件に改めた上で、女性社員の活躍を促そうと考えたようです。

 

他方、これまで事務サポート業務は、一般職と派遣社員によって支えられてきましたが、今後は、これから人数が増えることが予想される定年退職後の再雇用者に任せようと考えたようです。

 

この発想は、中途採用ダイバーシティ促進グループのリーダーとなった女性社員 – Oさん - のもので、人事部の中でさえ、時期尚早と、そのアイデアに異を唱える者もいたようです。

 

当時、すでに職種転換制度が導入されており、一般職から総合職への転換は、本人が希望し、上司の推薦と筆記試験、そして役員面接で可能になっていました。それにも拘わらず、職種転換を希望する一般職の女性社員は多くありませんでした。そして、少なくない数の一般職の女性社員たちが、一般職の廃止に難色を示したのです。また、再雇用嘱託や、定年退職が間近に迫っている社員からも不平の声が上がり始めました。

 

一般職から総合職に転換されれば、給料が上がります。一方で業務の範囲も広がり、転勤の可能性も出てきます。女性社員の中には、そのような責任や職場異動の煩わしさを避けて、敢えて一般職として勤めることを選択した者も少なくなかったのです。新しい制度を導入する際には、それによって影響を受ける社員に対して事前にヒアリングやアンケートを行なうなどして、本人たちの意向を確認しておくべきでした。

 

人事部が新制度を発表した後に、対象となる社員にアンケートを行なったところ、職種転換試験に落ちた経験のある者を除き、一般職のほぼ全員が総合職になることを希望しませんでした。

 

私の勤め先で、何か新しいことを始めようとすると、度々生じる“迷走”。今回も例外ではありませんでした。(続く)