和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

空回りする多様化 (2)

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空中分解

ワークライフバランス」、「シルバー人材の活用」、「女性社員の活躍支援」の3本の柱を掲げてスタートした多様化プロジェクトでしたが、一般職全員の総合職への転換は、当の一般職の消極的な反応からとん挫しかけていました。また、一般職を廃止した後、彼女たちが行なっていたサポート業務を、派遣社員と定年退職後の再雇用嘱託に任せるとの案については、嘱託と定年間近の社員から反発が起こりました。

 

「シルバー人材の活用」と言うキャッチフレーズから、一部の嘱託はシニアシンクタンクのようなものを想像していました。しかし、ふたを開けてみれば、一般社員が抜けた後の穴埋め要員であることが分かりました。事務補助要員が必要であることを頭では分かっていても、社員時代の業務経験を活かす機会を奪われることは「活用」と言う言葉に逆行するものでした。そこで人事部は“折衷案”を考え出したのですが、これが火に油を注ぐことになってしまいました。

 

まず、一般職から総合職への転換はこれまでの説明通り行うこととし、ただし、“経過措置として”、職種転換者に限り国内・海外の転勤は本人の意向を踏まえて判断する、としました。また、“シルバー人材”は過去の業務経験を踏まえて配置決定するものとしました。

 

そうなると、各部の事務補助に穴をあけないために派遣社員の増員が必要となります。しかし、それは、一般社員の職種転換を強行しようとした人事部が自ら引き起こした歪みであるため、人件費アップにつながる派遣社員の増員を行なうことが出来ません。

 

そこで、人事部が考えたのが、「事務サポートグループ」なる組織でした。要は、各部に配置されている派遣社員を一か所に集めて、事務サポートが必要な部署からの要請で業務を行なうと言うものでした。“事務サポートのオンデマンド化”と、カタカナを使うところ、面倒臭そうなものを有耶無耶にしようと言う意思が感じられました。

 

そして、人事部の場当たり的な対応で、社員の間に不要な波風が立つことになってしまいました。

 

女性リーダーの失望

女性幹部社員の育成。ダイバーシティ推進グループのOさんとしては、転職後に与えられた大きな仕事だったからでしょう、引くに引けなかったのだと思います。各部署の長に対して、女性幹部候補を推薦して欲しいとの依頼が回ってきました。

 

当時、私の部署には女性社員が5名在籍していました。そのうち4名は一般職。その中の一人は過去2回、転換試験に落ちていました。彼女は総合職転換の話を聞いても嬉しそうではありませんでした。試験に落ちた彼女を、散々馬鹿にしてきた他の一般職が、“何の努力もせずに”総合職になれることに不満を通り越して憤りを感じている様子でした。たしかに、同じ一般職でも彼女と残りの3名では、私の目から見ても仕事に対する取組み姿勢の違いが顕著でした。

 

総合職になれば、仕事の成果に対する評価はより厳格になります。私は彼女に、これからが本領発揮のチャンスだと励ましたのを記憶しています。その2年後に彼女はご主人の海外転勤を機に退職しましたが、総合職になってからの活躍ぶりを見ると、もしこのまま会社に残っていてくれたらもっと成長したのだろうなと残念な気持ちもありました。

 

さて、私の部署の唯一の総合職の女性社員は、管理職には興味がないときっぱり。現業の仕事を続けて行きたいと言います。実は、彼女に限らず、社内では男女問わず管理職への登用を忌避する社員が徐々に増えていた時期でもありました。特に技術職では自身の研究に没頭したい、部下の管理には興味がないと言う社員が多く、そのような専門性の高い社員をフェローとして人材確保する動きも出てきました。

 

Oさんは、部署の長を一人一人あたって、女性幹部社員候補を推薦してくれるよう頭を下げて回っていました。私はOさんと狭い応接室に籠り、長い時間話をしました。中途採用の彼女の目からは、うちの会社の女性社員のほとんどが“意欲に欠ける”と映ったようです。せっかく活躍の場を作って“あげている”のに、何故こんな好機を見逃してしまうのか自分には理解できないと言います。

 

私はOさんに、自分の部署内の意見だと断って、一般職を無試験で総合職に転換すること、女性管理職の員数を目標に置くことが男性社員に対する逆差別につながる危険性、そして、一般職と言う職責の軽さを好んで就職した女性もいることを伝えました。その上で、男女の“数の是正”では無く“機会の是正”に努めるべきだと提案しました。

 

これまで、幹部社員への昇格試験は上司の推薦が無ければ受けられませんでした。これを自己推薦制にすることで、昇格を希望する社員に平等に機会を与えることになります。その結果、たとえ、女性の幹部社員の数が多くなったとしても、誰も文句は言わないでしょう。「幹部社員の3分の1を女性に」など数の目標を立てれば、やがて、試験で“下駄を履かせる”など恣意的な操作が行なわれることは目に見えています。

 

さらに、私は、女性に活躍の場を与えることが重要な課題であると理解する一方で、ノー残業や男性社員の育休取得促進など、共働き社員が働きやすい環境作りにも力を入れてほしいと要望しました。3本の柱のうち、「ワークライフバランス」の具体策が何も提示されていなかったからです。

 

強引に進められた一般職の廃止と総合職への統合でしたが、派遣社員からなる「事務サポートグループ」構想はとん挫し、人件費を増やす結果となってしまいました。それでも、ダイバーシティ推進グループは、育児や家族の介護のための休業制度や時短・フレックス勤務制度など、当社としては画期的な取り組みを多く行いました。それも、ダイバーシティ推進グループがOさんを筆頭に柔軟な発想の中途採用者で成っていたからだと思います。

 

しかし、社内でも超保守的な人事部にあって、Oさんのグループは“鬼子”でした。Oさんは新たな活躍の場を見つけて転職して行きました。その後、部下だった社員も次々に会社を去り、ダイバーシティ推進グループは4年足らずで解散となりました。

 

多様化を促進する部隊は無くなりましたが、今、社内では若手社員がワーキンググループを作って、ダイバーシティ推進グループの意志を継いでいます。働き手、とりわけこれから会社を担っていく世代が、自分たちや後輩たちが働きやすい職場を目指す動きを応援したいと思います。