和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

自尊心と虚栄心

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

プライドが許さない

週明け月曜日から、妻の自宅療養のため介護休業に入ることになりました。妻は先週水曜日に左乳房の摘出手術を終えました。コロナの感染予防のため、手術直後に5分間だけの面談が許されましたが、あとは退院日まで直接話をするのはお預けです。

 

昨日の土曜日、出社して自分の席の片づけをしてきました。4月に私の後任が着任すれば、私は今の部署から異動となりますが、介護休業中でもあり、私物の異動を誰かに頼まなければなりません。できるだけ人の手を煩わせないよう最低限の荷物整理だけはやっておこうと思った次第です。

 

私は今の部署で一兵卒として貢献するつもりでいたのですが、元上司は「残りの部員がやりづらいだろうから」と、私の他部署への異動を決めたようです。

 

私自身は、自分の次の上司が誰であろうと気にしません。しかし、年功序列が染みついた、私たちの世代では、年下の上司に仕えることに異常な抵抗を示す社員もいます。定年を迎え再雇用嘱託になった後でさえ、自分の上司をお前呼ばわりする者もいます。

 

定年が見えてきた年代に差し掛かったからでしょうか、最近私は、昔の出来事を頻繁に思い返すことが増えました。年下の上司、年上の部下。そんな言葉を聞くと思い出すことがあります。

 

私が管理職になりたての、役員秘書を取りまとめるグループのリーダーを任されていた頃、現役の取締役が急病で亡くなりました。社内規程で会社とご遺族との合同葬が執り行われることとなり、社内で葬儀委員会が急造され、私はロジ担の下の一部を担当することとなりました。私の下には3~4人の担当者をつけてもらったのですが、そのうちの一人は役職定年を迎えたMさんでした。私はその人とは面識はあるものの、一緒に仕事をしたことは無く、人柄は良く分かりませんでした。

 

この手の仕事は、事前の打ち合わせで段取りを頭に叩き込んでおかないと、現場で仕事になりません。葬儀委員会全体での会議の後、各担当グループで念入りに役割の確認をして通夜に臨みました。ところが、件のMさんは打ち合わせした通りに動いてくれません。何度か私が注意しても改めてくれる様子は無く、困っていたところに、当時の私の上司が出て来て、Mさんを控室に追いやってしまいました。

 

その日、通夜のあと、私の上司はMさんに翌日の告別式は“手が足りているので”、手伝いは不要と告げました。それを聞いた途端、Mさんは烈火のごとく怒り始めました。上司と私に対して、「お前たちのような若造に指図されるような覚えはない」、「俺にもプライドがある」と怒鳴り散らし、元々告別式など手伝うつもりなど無かったと言い残して帰ってしまいました。

 

呆気に取られていた私は、その時は思いを巡らすことが出来ず、また、その後もこの一件を振り返ることはありませんでした。

 

邪魔をするのはプライドか

また、「プライド」と言う言葉から別の出来事を思い出しました。それは、私がまだ大学生の時の話でした。アルバイトでガソリンスタンドの店長代理をしていた頃、50代半ばの男性、Iさんが新たにアルバイトとして入ってきました。

 

シフトの関係もあり、Iさんとは週に2日から3日顔を合わせる程度でしたが、あちらから自分の身の上を話始めました。一部上場企業に勤めていたが、上司と折り合いが悪く自ら退社したこと、転職先を探している最中であること、自分はこんなところで働くような人間ではないこと。

 

ガソリンスタンドは燃料を売っているだけだとあまり儲けにはならず、洗車やオイル交換などをお客さんに勧めることも仕事のうちでした。また、客商売ですから、下手に出ないとやっていけない仕事です。時間の空いている時には、清掃や工具の手入れなどの仕事もあります。

 

ところが、Iさんは自分の立場が分かっていませんでした。周りは私も含めてIさんよりも20歳も30歳も若い者ばかりでしたが、それでも一番の新入りであるIさんが“下っ端の仕事”をするのが習わしなのです。客足が途絶えるとすぐにタバコを一服し始めるIさんと、他の従業員やアルバイトの関係が悪化し始めました。

 

結局、Iさんは2か月と持たずに自分からアルバイトを辞めてしまいました。店長から勤務態度について再三にわたって注意されたことに対して、自分の非を認めるどころか、年下の店長から指摘を受けたことが我慢ならなかったと言いました。最後に私が会った時にIさんの口から出た言葉は、「俺にもプライドがあるから」。

 

MさんとIさん。二人とも、年齢が若い人間からの指示や注意を聞き入れることは、“プライド”が許さなかったようです。プライドが邪魔さえしなければ、年下からの苦言でも素直に聞き入れてくれたのでしょうか。あの人たちのプライドとは一体何のことなのでしょう。

 

プライドと虚栄心の勘違い

仕事の上で注意を受けたり叱咤されたりすることは誰だってあります。それが、個人の自尊心や誇りを傷つけるような言い方であれば、文句の一つも言いたくなるのでしょうが、自分に落ち度があった可能性を省みることもせずに、単に、“若造に指図されたくない” と言うことだけなら、それはプライドとは関係の無いものです。

 

会社に入って管理される立場から管理職となった人間は、その座を降りて管理される側に戻ることを受け入れられないのでしょうか。それを気にしない私はプライドの欠片も無い人間なのでしょうか。会社員として働いていれば、自分が左遷や降格の憂き目に遭うこともあるでしょうし、リストラの対象として弾き飛ばされる可能性だってあります。いつまでも良き時代の思い出にしがみついていても先に進むことは出来ません。

 

ガソリンスタンドのアルバイトをしたIさんは、「俺は、こんなところで働くような人間じゃない」と問わず語りに話しました。ガソリンスタンドの仕事を見下したその言葉には、折角の勤め先を辞めてしまった後悔と、自らの虚栄心を満たす仕事が見つからない苛立ちが含まれていたのでしょう。