深海魚のように
先週から約3か月ぶりに完全在宅勤務となりました。オミクロン株は感染しても重症化する可能性は低いとは言われているものの、病人を抱えている家族としては、通勤や事務所での他者との接触を回避することで極力感染リスクを抑えたいところです。
今の私は、専ら諸々の契約書を査読し、校正や修正の提案を行なう仕事を行なっています。仕事の〆切はありますが、ほとんど自分のペースで作業を進めることが出来るので、チームワークに付き物の工程管理や後進の育成・指導などの付加的な業務が無い分、余計なストレスを感じることは無く、気分的にとても楽な状態にあります。
日常業務は、毎朝、オンラインで部の同僚とのコミュニケーションタイムを行なうことと週二回の部内定例会。あとは自分の仕事を淡々とこなすのみです。同僚や関係部署からの問い合わせ等が無ければ、一日誰とも口を利かずに書類の読み込みと修正を進めるだけです。
在宅勤務では、人によってはお気に入りの曲をBGMにして仕事をすることもあるようです。以前、試しに私もBGMをかけながら仕事をしてみましたが、かえって集中力を殺がれることが分かったので、今は机の上の書類にひたすら向き合うだけのスタイルに落ち着きました。
静かな環境で仕事をしていると、思いの他契約書類を読むスピードが上がっていることに気がつきました。集中力は“高まる”と言うべきなのでしょうが、私の場合、海の底へと潜っていくように深まるのが集中力です。
私はこれまで、自分のことをどちらかと仕事に集中するのが苦手だと思い込んでいました。しかし、余計な気がかりや周囲の雑音が取り除かれ、就業時間内に仕事を片付けるつもりになれば、殊の外作業に集中出来ることが分かりました。誰にも邪魔されずに仕事に没頭出来るのはある種の快感にも似た気分の良さを得ることが出来ます。
自分で言うのもおかしな話ですが、私にはこの仕事が向いていると実感しています。昨年までの管理職の仕事はやりがいがあるものだったのは確かですが、長い間重圧感に苛まれていたことに、それが取り除かれた今になってようやく気がつきました。
私にとって肩の荷だと思っていたのは、仕事の責任の重さそのものでは無く、自分で無い自分を演じ続けることでした。
社内会議の仕切りや、役員会議での案件説明、夜の接待、部下の指導。小さい頃は内向的で無口だったはずの自分を成長する過程で隠し続けて、挙句の果てに無理に会社向けの役柄作りをしてきたのです。本来の自分は、部屋に籠って深海魚のように深いところで黙々と作業を進める、今のような仕事が好きなのです。
苛立ちは元気な印
先日、別の記事で触れた通り、妻はリハビリ出社が取り止めになったことでしばらく落ち込んでいましたが、下の娘の就職活動の調べものなどを手伝うことで隔離生活のガス抜きが出来るようになったみたいです。
下の娘は、自己主張の塊が服を着ているようで、他者の心に思いを巡らすことなどしなさそうな性格なのですが、ときたま相手にそれと感じ取らせないように助け船を出すことがあります。自分の手助けを頼むことで、母親に束の間の気晴らしをさせようと考えているのだとしたら、案外根は良いのかもしれません。
元来じっとしているのが苦手な妻。彼女にとってのんびり過ごす時間はもったいないもので、何かしていないと落ち着かないようです。私とは対極的な、泳ぎを止めてしまうと生きられない回遊魚です。
子育て期間以外は仕事をしてきたのも、PTA活動に積極的だったのも、家族の他に社会的関係を持ち続けたいと言う気持ちの表われだったのでしょう。その反面、社宅にいた頃は、それほど親しく付き合っていた友人もいなかったので、私には分からない彼女なりの人付き合いの基準があるのだと思います。
妻は昨春の手術を挟んで一年半もの間、抗がん剤の投与を続けています。最初の頃は副作用の影響で、仕事のことを考えることはおろか、起き上がることもままならない状態でしたが、現在投与している薬は体への負担も比較的軽く、仕事に戻れる自信が湧いて来ました。そう考えると、妻が仕事への復帰が叶わない状況に苛立ちを感じているのは活力が戻った証だと考えれば - 妻に怒られてしまいそうですが - 決して悪いことでは無いと私は思います。
本来の外向的な自分を取り戻しつつある妻と、自分の性格を思い出した私。考えてみると、ほぼ真反対と言っても良い性格の二人が、一つ屋根の下で四半世紀も一緒に暮らしてこれたのは大きな謎ですが、世の中には解かない方が良い謎もあるので、これ以上の深追いは止めにしておきます。
