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現実と作り物

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誹謗中傷の凶暴性

女子プロレスラーの木村花さんがお亡くなりになったニュースは皆さんご存じのことと思います。テレビのリアリティー番組での言動をめぐり、SNSで毎日のように誹謗中傷を受けてきて、それを苦にしての自死とも言われています。

 

どんなに強靭な肉体の持ち主でも、言葉の暴力に対する耐性をつけることは容易いことではありません。二十歳そこそこの若い人が、数え切れないほどの罵詈雑言を正面から受け止めてしまったら、心が折れてしまうのも当然ではないでしょうか。

 

匿名での誹謗中傷行為の問題は今に始まったことではありません。これまで、木村さん以外にも数えきれないほどの被害者がいました。

 

今回の件の特殊性は、リアリティー番組の作り手がSNS上での炎上を期待していたようなところがあることです。出演者の諍いを番組スタッフが取りなすどころか、対立を鮮明化させてそれを番組の“売り”にしていたのではないか。木村さんはどこまで番組の意図を理解していたのか。番組を制作した側が真摯に木村さんの死に向き合い真相を究明することを望みますが、プライドの高いメディアが素直に膿を出せるか、出し切れるのか、甚だ疑問ではあります。

 

執拗な誹謗中傷を繰り返してきた人間は、人ひとりの命を奪ったことについて責任を逃れることは出来ません。自分だけがやったわけでは無いという言い逃れが通じるでしょうか。また、番組の制作に携わった関係者がどんなに弁解しようとも、演出を正当化できる理由などあろうはずがありません。

 

木村さんがお亡くなりになったことをきっかけとして、法改正によるSNS規制の動きが出てきています。これによって言葉の暴力が少しでも抑えられればありがたいことですが、実は、見逃すわけには行かない、もっと根本的なことがあります。

 

リアリティー番組はリアルか

私は最近ではあまりテレビを見ませんが、子供の頃は根っからのテレビっ子でした。分別が未熟な子供にとって、テレビから入ってくる情報は全て真実です。密林の奥地を行く探検隊が命の危機に直面するのも、廃墟を彷徨う幽霊を成仏させる霊媒師も、画面に映るものは本当にあったことだと信じてしまいます。ドラマとドキュメンタリーの境目の区別がつかないのです。製作者の意図など知る由もありません。

 

やがて、周りの大人たちからテレビのからくりを教えられることになるのですが、番組を作る側も段々と手が込んできて、分別のあるはずの大人までも騙そうとするようになりました。ドキュメンタリーと銘打っていれば、誰しもそれが真実だと信じてしまう時代がありましたが、そんなドキュメンタリーを見栄え良くするために過剰な演出が横行し始めたのです。あまりにも悪質な演出をしたことによって打ち切りとなった番組も出てきました。

 

そうして人々は、「ドキュメント」とか「実録」などと銘打った番組でさえも演出はつきものだと知るようになったのです。それでもテレビを楽しんでいる人々は、どのような番組であれ、演出されていると言う“お約束”を承知で見ているはずなのです。そういう意味では、純粋なリアリティー番組など存在しません。件の番組も正確には、「リアリティー番組風ドラマ」と言うべきなのでしょう。

 

プロレスは、そのリアリティー番組風ドラマのアナロジーと言えます。ベビーフェイス(善玉)とヒール(悪玉)の対立構造が試合を盛り上げる一役を担っています。しかし、観客の中で、ヒール役のレスラーがリングを降りた後も悪の権化だと信じている人はまずいません。シナリオがあることを見抜いた上で試合を楽しんでいるのです。

 

作り物を真に受けてしまうメンタリティー

私は、木村さんへの誹謗中傷がどのようなものだったのか関心を持ちました。私にも同年代の娘が2人います。他人事とは思えませんでした。ネットやテレビで取り上げられたSNS上の誹謗中傷を見てみると、木村さんを番組から追い出そうとするような発言が少なくありませんでした。

 

そこで私はふと、もしかしたら、この番組を本当のリアリティー番組だと真に受けている人が案外多いのではないか、と気になりました。木村さんをヒールに仕立て上げようとする番組の思惑にまんまと引っかかった・・・と言っては申し訳ないのですが、騙された視聴者が予想外に多いような気がしました。

 

そして、‐ 私は番組制作者を擁護するつもりは全くありませんが ‐ 番組の作り手は、リアリティー番組だと言うことを前面に押し出しつつも、演出があるのはお約束で、視聴者はこれがリアリティー風ドラマだと気がつくはずだ、という思い込みがあったのではないかと想像します。「これは実際にあった話です」で始まる再現ドラマが、あまりにも出来過ぎていて信用できない、というのと同じです。“実際にあった”と言うのは決まり文句ですが、普通は、実際にあっただなんて信じません。

 

テレビと言う箱の中で起こっていることを真に受けるなんて、と思う方は多いと思いますが、出来の良いドラマの登場人物に思わず感情移入してしまうということがあります。映画やドラマを見て腹を立てたり涙する人々はそれがフィクションだと知っていても、心を動かされます。リアリティー番組風ドラマも同じですが、たちが悪いのは、それをリアルな世界の出来事だと思い込ませてしまう演出です。

 

そう考えると、SNSを法律で規制するのも結構ですが、学校やメディアでもっとリテラシーの話題を取り上げ、真偽を見分けるための啓蒙活動を進めるべきではないかと考えます。視聴者を騙す側のテレビ局が講師役としては打って付けな気がしますが・・・どの局も引き受けてはくれないでしょうね。