他力本願な夢

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語る夢は人任せ

今の時代、テレビのドキュメンタリー番組を真に受ける人はいないと思います。たとえノンフィクションと謳われていても、そこには一定の演出や仕込みがあることを、視聴者は“お約束”として理解した上で楽しむものです。

 

さて、先日私が見たドキュメンタリー番組は、高校を卒業したばかりの青年が上京し、有名レストランで働き始める様子を追ったものでした。青年は、両親が離婚した後、父親も若くして他界し、その後、祖父母に育てられました。彼は、料理人となって店を構えることが夢だと語ります。料理人となることが夢だと言う割には、家では炊事の手伝いすらしてこなかったようでした。修行先での初日、米の研ぎ方すら覚束ない様子に、見ているこちらは不安を感じます。

 

修行先のオーナーや先輩シェフの面々は面倒見が良く、包丁も握ったことが無さそうな青年に一から仕事を教えます。当初彼は、料理の手順をメモしたり、休憩時間を割いて調理師の勉強をしたりと、やる気を見せていましたが、しばらくすると、先輩の叱咤に体がすくみ、やがて仕事を休みがちになってしまいます。

 

オーナーと青年の祖父は元修行仲間で、昔のよしみで青年を雇い入れました。そのような事情から、オーナーは青年を優しく励ましながら仕事を続けさせようとしますが、その思いは伝わらず、ついに青年は夢であるはずの料理人の道を諦めると言い、故郷に帰ってしまいます。

 

私は、青年が先輩から叱られ挫けそうになるのも演出で、彼が修行先で苦労を重ねながら料理人になる夢に向かって歩み始めると言う、予定調和のエンディングを期待していました。そのため、上京した彼が半年も持たずに帰郷し、また、その後、彼を大切に育ててくれた祖父が病死してしまう結末に、何ともやるせない後味の悪さを感じました。傍らで一緒に番組を見ていた妻は一言、「根性無し」とつぶやきました。

 

たしかに、私の目にも彼は根性無しに映りました。番組の様子からは、青年が不当に扱われいる様子は無く、むしろ、彼を大切に育てようと言う周囲の人々の優しさが伝わってきました。先輩が彼を叱りつける場面もありましたが、新入りが先輩に怒鳴られることはよくあることです。それが度を超してはいけませんが、少なくとも番組を見る限り、心が折れてしまうような行き過ぎた対応があったようには思いませんでした。

 

料理人になって店を構えることが夢だと青年は言いましたが、いとも簡単に諦めてしまうものは夢などではありません。それは、ただぼんやりとした期待であって、自分のためにそれを叶えてくれる誰かを無意識のうちに頼っていたのではないかと思います。何不自由無く育ててもらい、“コネ”で就職口まで世話してくれた祖父。その祖父がかつて料理人だったことから、自分も何となく料理人になることを夢想していただけなのかもしれません。

 

叶えたいと思っているだけでは夢は実現できません。周りの人々に縋る前に、自分自身の努力が必要なのです。

 

崖っぷちで仕事をする

昔と今を単純に比較するのは意味の無いことなのかもしれませんが、私が学生時代にしていた様々なアルバイトは、どれも楽しく和気あいあいという仕事はありませんでした。

 

ガソリンスタンド、居酒屋、建築現場、運送業、塾教師。幸いにして、どの職場でもいじめのようなものはありませんでしたが、どれをとっても、始めたばかりの、仕事の段取りすら分からない頃は叱られてばかりです。物を売ったり、サービスを提供したりしてお金を稼ぐ以上、頂くお金に見合った仕事をするのが当然で、きちんとした仕事ができていなければ叱られる、ただそれだけのことです。

 

かく言う私も、アルバイト先で叱られて帰ってきた夜には、内心、辞めたいと思ったことは何度もありました。しかし、ぎりぎりの生活をしていると簡単にアルバイトを辞めることは出来ませんでした。

 

件の青年も、先輩に叱られて、精神的にきついと言うような愚痴をこぼしていましたが、“一人前の料理人になるまでは故郷には帰らない”くらいの強い決意があったなら、結果は違っていたでしょう。番組で映し出された程度のことでやる気を殺がれてしまうようでは、料理人の道だけでなく、どのような職業でも続かないのではないかと心配になりました。それとも、今まで仕事をしたことも無く、要領の悪い初心な青年でも、決して傷つかないように優しく指導してくれる奇特な職場があるのでしょうか。

 

彼にとって幸運だったのは、いつでも祖父母が優しく迎え入れてくれる、帰る場所があったことでした。だからこそ、あれほどあっさりと仕事を辞める決断ができたのでしょう。それは、彼にとって、成長する機会を奪ってしまうと言う不幸でもありましたが、祖母が生きている間は、彼がそれに気づくことは無いのだと思いました。