和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

働く理由と人生の意味 (1)

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張りぼての自信

在宅勤務で家にいる時間が多くなると、自ずと家族と関わる時間も増えることになります。

妻は今月初めから普通に出社しており、今年就職した上の娘も一昨日から郊外の営業所で研修に参加しています。

 

ということで、日中家にいるのは、大学生の娘と私の二人だけになりました。娘はオンラインで大学の講義を受けたり、塾講師のアルバイトをしたり、全て家の中で生活が完結しています。

 

昨日の昼食時に娘から聞いた話では、今年の4年生はなかなか就職先が決まらないみたいで大変だということです。ほとんどの企業でコロナ禍による採用スケジュールの遅れが生じていることと、世界経済の先行き不透明感から新規採用そのものに対して慎重になっているようです。

 

新学期が始まり早2か月が経ちますが、娘の顔が何となく浮かないのは、自分の将来に漠然とした不安を感じているからなのでしょう。娘は家族の中で一番の楽天家。自分の考えを曲げない勝気な性格は、高校の先生もほとほと手を焼いていました。彼女の中では上下関係など関係無し。自分が正しいと思ったことは頑として譲りません。勉強の仕方も自己流。先生に大反対されても第一志望の大学を受験して、そして合格してしまったこと、誰が見てもそれが幸運な出来事だとしか思えないものでしたが、それを本人は自分の実力だと信じて疑いませんでした。

 

挫折を味わったことが無いのは、往々にしてマイナスに働くことがあります。事実、娘は昨年、大学1年で今までに無い苦労を経験しました。単位を落とさないまでも、成績は散々でした。綱渡りの1年間を過ごしてきたわけです。今までうまくやって来れたのは、決して自分の実力では無く運が良かっただけだとようやく気付いたのでした。

 

彼女を不安にさせているもう一つの悩みは、友人関係です。元来の性格に加え、小学校から中学校までの約8年間、海外の学校で過ごしてきて身に着けた習慣は、 “自分の意見をはっきり伝えること”。それが今は裏目に出ています。

 

大学入学後に参加したサークルでも、必修科目のクラスでも、ずけずけと自分の意見を言う娘は、次第に周りから煙たがられるようになりました。もちろん、仲良くしてくれる友人もできましたが、それと同じくらい“敵”も作ってしまった・・・そのことを遅まきながら反省しているようです。とは言え、三つ子の魂百まで。性格はなかなか変えられるものではありません。

 

勉強のこと、人との関わり方、今まで自分のやっていることに間違いはないという張りぼての自信が最近では鳴りを潜め、逆に、自分の置かれている立場と、将来に対しての不安が芽を出し始めたようです。

 

働くのは誰のため?

娘は昨年まで飲食店でアルバイトをしていました。ホールスタッフの仕事だったようですが、すぐにバイト仲間も出来て楽しく仕事をしている様子でした。しかし、半年余り過ぎた頃にクビになってしまいました。教育担当の社員の教え方が厳しく、アルバイトが新しく入って来てもすぐに辞めてしまうことが繰り返されたため、娘がその社員の教え方に文句を言ったことが原因のようでした。

 

飲食店でのアルバイトは懲りたようで、今娘は塾講師をしています。このご時世なので、教室で生徒に教えることは出来ず、オンラインでの個人授業を行っています。自分は誰かに教えてもらうことを毛嫌いしていたのですが、誰かにものを教えることは性に合っているようです。

 

そんな娘から、先日言われました。「就職しないとだめ?」

 

彼女は、最近頓に自分の性格に問題があるのではないかと思い始めたようです。問題ある性格のせいで、周囲と同調できず、サークルで孤立したり、アルバイトをクビになったりしたのではないか。でも自分の意見を押し殺すことは出来ない。性格を隠してまで集団の中で働くことは出来ない。

 

私は彼女に、妻も私も年を取ったら誰かに養ってもらおうなどとは考えていないので、自分のやりたいと思ったことをやるようにと言いました。ただし、お金の面では親を当てに出来ないことを付け加えました。

 

そんなことを娘に伝えながら、私は娘の成長を目の当たりにして少し嬉しくなりました。葛藤することは物事を真剣に考え始めた証拠だからです。私が学生の頃はもっと大らかで、就職すること自体に疑問すら感じませんでした。

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生活していくにはお金が必要ですが、お金を稼ぐために仕事をするのと、自分のやりたいことをやった結果としてお金が手に入るのとでは意味合いが異なります。もし選べるとしたら、後者を選ぶ人がほとんどでしょう。しかし、現実は自分のやりたいことでお金を稼げている人の方が少ないと思います。

 

私は就職した時、自分のやりたい仕事に就けたと思っていましたが、今振り返ってみると、自分にそう言い聞かせていただけでした。自分の仕事は社会貢献のため、公共の利益のためと思った方が、仕事に対するプライドも保つことができます。少しぐらいきつい仕事でも、毎日帰宅が遅くなっても、自分の仕事が社会の役に立っていると思えば乗り越えられる辛さもあります。

 

ところが、現実は違います。社内調整や無駄な会議、人事抗争・・・。公共の利益など存在しない毎日がそこにはありました。それでも仕事を続けられたのは ‐ 続けなければならなかったのは ‐ お金を稼がないと生活できなかったからです。働くのは社会貢献のためでも公共利益のためでも無く、自分のため、家族のためです。

 

では、何のために私たちは生活しているのでしょうか。どのように自分たちの子供に説明すればいいのでしょうか。(続く)