和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

妻と母

妻と母

「今年いっぱい持たないかもしれない」、「もうすぐお迎えが来る」 - かれこれ二十年あまり聞かされていた母親の口癖は、妻が乳がんの宣告を受けたのを境に鳴りを潜めました。

 

私は、母の“死ぬ死ぬ詐欺”を適当にあしらっていましたが、妻はいつも母を励ましていました。母が弱音を吐くふりをしていたのは、親身になって接してくれる義理の娘の気を引こうとしていたからなのかもしれません。

 

私は、現在、月二回程度母親の様子を見に行っていますが、以前は、仕事の都合がつかないときは妻に代わってもらうこともありました。当初、私は妻に泊りがけで母の面倒を見てもらうのを躊躇しましたが、彼女は嫌な顔一つせずに引き受けてくれました。

 

妻の闘病生活が始まってからは、母が妻を励ます立場に変わりました。病気の種類は違っても、闘病という共通点ができたことで、妻と母の関係はより近くなったような気がします。

 

妻と母はかれこれ五年近く顔を合せていませんが、月に一回程度は電話で話をしているようです。聞き耳を立てているわけではないので二人が何の話をしているか知りませんが、毎回一時間以上も電話しているのを見るにつけ、よく会話が続くものだと、私は呆れるのを通り越して感心してしまいます。

 

同じ話の繰り返し

八十代半ばの母は、リウマチのため体は不自由ながらも、まだ身の回りのことは自分でできる状態にあります。もちろん、年々家の片づけが行き届かなくなってきていますが、頭もまだしっかりしていて、当分お迎えは来そうにありません。

 

十年余り前、母の一番上の姉が亡くなりましたが、晩年は認知症を患い、身内が誰かも分からなくなっていました。当時私は海外駐在中で、母とはたまに電話で近況を報告する程度でしたが、何度も同じ話を繰り返すようになったことから、やや不安を感じていました。そんなこともあり、私は一時帰国の折に母に認知症の検査を受けさせました。

 

結果は問題なしでしたが、お医者さんからは認知症の検査は定期的に受けるように勧められました。様子がおかしいと気づいた時にはすでに病状が進行している場合が多いのだそうです。その後、毎年母には認知症の検査を受けさせていましたが、ここ三年間は間が空いてしまったので、今年か来年には検査を受けさせたいと思っています。

 

もっとも、同じ話を繰り返すのは、必ずしも認知症の予兆とは限らないようです。その人の人生で思い出深い一コマや忘れようにも忘れられないつらい経験は、誰かに聞いてもらうことで安心したりガス抜きをしたりしていることもあるので、面倒臭がらずに話に耳を傾けるようにお医者さんからアドバイスを受けました。

 

そんな話を妻と娘たちにすると、私もよく同じ話を繰り返すと言われ、ドキッとしました。母親の心配もさることながら、そろそろ自分の心配も必要な時期なのかもしれません。