和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

自分ができること

明日の保証

二年半前に妻は左乳房切除の手術を受けました。術後、主治医の先生に呼ばれた私は、手術は成功したものの、リンパ節へのがんの浸潤部位が取り切れずに残っていること、今後は放射線治療抗がん剤投与を続けること、そして、他の臓器への転移のリスクについて説明を受けました。

 

手術成功と聞いて、ほっとした私の顔は説明を聞くにつれて暗く沈んで行きました。先生は私に安易な期待を持たせる言葉の代わりにこんなことを言われました。

 

健康な人もそうでない人も、明日生きている保証はない。

 

先生の言葉はもっと優しく丁寧な言い回しでした。この先生きていられる時間がどれほど残されているのか不安を感じながら過ごすよりも、一日一日を大切にすべきだと伝えたかったのでしょう。しかし、私の中では先生の言葉の一部分だけが刻み込まれてしまったようです。

 

心身ともに健康な人でもいつ事故や事件に巻き込まれて命を落とすか分からない。そう考えれば、明日の自分、もっと極端に言えば、数分後の自分の存在でさえ約束されたものではない - 当たり前のことではあっても、今までの私はそのような考えを持ち合わせていませんでした。

 

自分ができること

以前の私は、夫婦ともに平均寿命くらいまでは生きられ、そして、最後に看取られるのは私で、残されるのは妻の方だと漠然と考えていました。貯蓄も生命保険も、終の棲家を構えたのも、自分の老後以上に妻のことを考えてのものでした。

 

ただし、それらの準備は、残される家族のためのお金にまつわることばかりです。明日の保証がない自分が、自分や家族のためにできることは何か - 私は五十半ばに差しかかるまでそのようなことを全く考えてきませんでした。

 

明日の保証がない身として、今できること、やりたいことは何かを考えました。それは、家族に対する責任に由来するものではなく、誰かに認めてもらいたいという承認欲求からくるものでもありません。私がやりたいこと - 家族が安心して暮らしていける場を用意し維持することは – は、自己満足のためなのか純粋な家族愛なのか。今の私にはまだよく分かっていません。

 

自分が自分や家族のためにどうありたいのか - 突き詰めて考えると、それが私の存在意義であり、生きる意味なのでしょうが、もしかしたら、死ぬまで分からないままなのかもしれません。