和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

狭くなる世界

治療の先

ここ数日、妻は精神的にあまり良いとは言えない状態が続いています。

 

抗がん剤の投与は来月半ばで終了し、その後精密検査を受けることになっています。三週間ごとの抗がん剤投与。その副作用に本人が一番つらい思いをしていたのですが、妻の苦しんでいる様子を見ている家族にとっても、それはつらく切ないものでした。あと一か月もすればそのつらさから解放される – そんな安堵感が私の中にはあったのですが、妻は違っていました。

 

ちょうど昨年の今頃、妻は手術を受け左乳房とリンパ節を切除しました。術後に主治医の先生からは、手術で取り切れないがんは放射線療法で“叩く”と説明を受けましたが、心臓に近いところの病巣は放射線を照射できず、引き続き抗がん剤に期待するしかありませんでした。

 

その結果が分かるのが来月です。心配性の妻のこと。考えていることは分かります。安易な気休めの言葉は、かえって彼女の心を乱してしまうのではと思い、私は出来るだけ普段どおりに妻に接するようにしています。

 

娘たちも母親の微妙な感情の変化を感じ取っているようで、ここ最近、家の中で騒ぐことも無く、静かに過ごす時間が増えました。

 

とは言え、家が重苦しい空気で満たされることも無く、淡々といつもの生活を送っています。何でも無い一日を積み重ねて行くことが私たちにとって心地良く愛おしいものだと思うからです。

 

狭くなる世界

コロナ禍で三度目の春は、昨年妻が退院したその足で訪れた桜の名所を再訪しました。再訪とは言え、30分足らずのそぞろ歩きだったので、お花見と呼ぶにはあっさりとしたものでした。その後、家の近くの和菓子屋さんで桜もちを買って帰り、渋めのお茶でおやつタイムを楽しんだのですが、妻は、来年は“ちゃんとした花見”がしたいとポツリ。

 

海外駐在から帰国した数年前からコロナ禍での自粛生活が始まるまでは、家族四人で最寄り駅から数駅のところにある大きな公園に花見に出かけたものです。

 

妻の言う“ちゃんとした花見”とは、休日の昼間にお酒を飲みながら桜の花を愛でることです。それが当たり前の時にはただそのひと時を満喫するだけでしたが、今となっては、なんと大らかで贅沢な楽しみだったのだろうと思います。

 

たしか、去年は、あっという間に見頃を過ぎてしまう桜を残念がっていた妻に、“来年は”桜前線を追いかけて旅行しようと私が持ちかけました。それに妻は、十和田の桜を見てみたいと答えました。

 

夫婦で行った最後の旅行は、三年前の夏。岩手と青森への四泊五日の短い旅でした。中尊寺十和田湖奥入瀬渓流。娘たちに手がかからなくなり、数十年ぶりの夫婦水入らずのひと時ではありましたが、仕事をやりくりしての休暇は何となく忙しないものでした。今度はもっとゆっくりと旅行がしたいと不満を言う妻に、“来年は”もっと休みを取れるようにするからと、私は調子を合わせるような返事をしました。

 

あれから、妻や私、そして娘たちを取り巻く環境は、当時は全く想像もしていなかった方向に大きく変わりました。外出や旅行の機会が極端に少なくなった分、世界が狭くなりました。世の中、全て自分の思いどおりになることなど無いのでしょうが、ささやかな楽しみを叶えられる日が来ることをこんなにも待ち遠しいと思ったことはありません。

 

世界が狭くなり、加えて、家族と一緒にいる時間が長くなったことで、妻や娘とのつながりが濃密になったと思います。

 

もちろん、今まで家族の仲が悪かったわけではありませんでしたが、もし、自粛生活や妻の病気が無かったなら、私たちは、ありきたりの共働き夫婦と娘二人の四人家族で、家族全員そろって食卓を囲むのは週末くらい、平日はすれ違いであまり話をする時間も無い – そんな生活を続けていたことでしょう。

 

そう考えると、この二年あまりの間に、それ以前では考えられないほどの一緒の時間を共有し、会話をし、お互いの思いを知ることが出来たのでした。

 

今は家族全員で食卓を囲むのが当たり前の日々を過ごしていますが、これも私にとってはささやかな楽しみになっています。毎日仕事を終えてすぐに夕食の支度を始められるのは在宅勤務ならではのことです。

 

世界が狭くなって、楽しみを一つ失っても、また別の楽しみを見出すことが出来たのなら、それを受け入れることも悪くないのかもしれません。