和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

組織の鮮度

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去り際の美学

私の勤め先の経営陣は、上は70代、その他役員のほとんどが60代で占められています。新任の役員に選任される者とそうでない者との“運命の分かれ道”は55歳の役職定年の時です。役員に登用されればそのまま管理職を委嘱されることになりますが、そこから外れた者は役職を外され一般社員に戻るか関連会社に片道出向することになります。

 

以前は関連会社の数も多く、本社で役職定年を迎えた社員もどこかの関連会社の役員や管理職のポストにありつけたのですが、今はそのようなポストも激減し、一夜明けるとかつての部下が自分の上司と言うケースが増えつつあります。

 

かく言う私も今や、“かつての部下が自分の上司”なのですが、そのような処遇に不満を覚えたことはありません。むしろ肩の荷が下り、自分や家族のための時間を増やすことで漠然とした焦燥感から解放されました。

 

しかし、管理職としての仕事に誇りを感じていた社員にとっては、役職定年は周りの人間が想像する以上につらい“仕打ち”のようです。人によってはそのような扱いに我慢出来ずに会社を去って行く場合も少なからずあります。

 

私としては、例え給料が保証されていたとしても、鬱々とした気持ちで仕事を続ける気にはなれません。そうなる前に新しい道を選ぶのが得策なのだと考えます。

 

他方、私がかつて出向していた外国企業の経営陣は、CEOこそ60代でしたが、その他の役員は50代が中心で40代の役員も珍しくありませんでした。

 

役員と社員の年齢が近いことと、フラットな組織だったためなのでしょう、社内の風通しは極めて良好で、私のような外の人間から見ても経営陣と現場が同じ方向を目指して進んでいることが分かりました。

 

また、新しいことを取り入れて実行に移すまでのスピード感は、経営陣が古い考えに囚われず若い世代の考えを尊重し取り込もうとする柔軟性と、最小限の判断材料でも的確に方向性を示せる判断力に依拠していると感じました。

 

そのような判断力のせいかもしれませんが、役員の去り際も潔いものでした。私の直属の上司だった役員は、自分の後継者が育ったと見ると、CEOに彼を役員候補に推薦して会社を去りました。そして、自分はコンサルティング会社を立ち上げていくつかの会社とアドバイザリー契約を結び新たなキャリアに進み始めました。

 

自分の地位にしがみつくことだけに汲々とするのでは無く、後継者を育て上げるまでが自分の任期だと考えるのは簡単そうでなかなか出来るものではありません。

 

石橋を叩くだけの人

決断力と柔軟な考え方。それらと年齢は必ずしも関係しないと信じたいところですが、私の勤め先では、多くの役員が自身の成功体験のみを拠り所にしている感が否めません。自分を“成功者”だと自負している人間にとって、その経験にそぐわないものを受け入れることは抵抗があるのかもしれません。

 

もっと言えば、私の会社の場合、永らく低迷を続けているので、今の経営陣の中に真の意味での成功を体験した者はいません。皆、“失敗しないこと”で今の地位までたどり着いたのです。

 

もちろん、部下からの具申に耳を傾ける役員もいますが、それでもほとんどの場合、失敗することを嫌って勝負に出る決断が出来ません。石橋を叩くのは向こう側に渡ると言う目的があるからなのですが、橋のあらゆるところを散々叩いて、問題無いことを確認した挙句に渡らないとなると、下の人間の徒労感だけが蓄積され活力を失う結果となります。

 

リスクを負わない成功は無いはずで、経営陣はそのための権限を与えられているのですが、決断力を発揮することに躊躇し、権限を行使することに後ろ向きでは、現場で働いている人間の間にも委縮した考え方が蔓延してしまいます。

 

組織の鮮度

技術革新のみならず、雇用環境や働き手の意識、そのような諸々の変化のスピードは速く、敏感なアンテナを持たない人間にとっては、変化のスピードについて行こうとする気概など無く、それよりも現状維持のまま大過無くやり過ごしたい、逃げ切りたいと考えるのでしょう。

 

古い会社が悪いわけではありませんが、現場での仕事を退いて久しい役員に進取の気性ならぬ“新取の気性”を求めるのは無理があるのかもしれません。

 

組織はテセウスの船に例えられることがあります。役目を終えた者は新人の加入で押し出されることを繰り返すことによって、社会的には同じ名前を名乗る組織でも中身は別物に変わっていきます。

 

ところが、どんなに立派な船でも、朽ちた部品の交換を怠っているうちに、まだ使える部品まで腐らせてしまっては、船全体が使いものにならなくなってしまいます。それは組織でも言えることです。

 

人気のうなぎ屋などの秘伝のタレが継ぎ足して使われても悪くならないのは、ひとつには中身が短い周期で入れ替わっているからと言う説があります。同様に、経営陣まで登り詰めた後は、ある程度仕事に目途がついたところで後進に道を譲って入れ替えを促すべきなのでしょう。中身の入れ替えが進めば、で組織自体の鮮度を保つことにつながるのだと思います。