和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

仕事観の違い (1)

 

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ペア交代

私とペアを組んでいた若手社員が転職することとなり、退職前に有休を消化するため、来週が勤務最終週となりました。彼の後任は入社4年目の女子社員で、営業部門から私たちの部署に異動してきました。

 

課長からその女子社員 - Hさん - の育成担当を任された私は、まず、転職する彼とHさんとで引継ぎをするように指示しました。二人は同期入社なので、上手くやってくれるだろうと期待していました。

 

ところが、同期だから仲が良いとは限りません。Hさんは彼からは引継ぎを受けたく無いと言います。私は、男女の関係の拗れかと、当の二人に対して失礼なことを想像してしまったのですが、どうやらそうでは無さそうです。

 

彼に聞いてもHさんに嫌われている理由は分からず、Hさんも私に話す必要の無いことだと頑なな態度を崩さず、引継ぎ初日から最悪の雰囲気になってしまいました。

 

このような時、リモートでの打ち合わせの無力さを感じます。ビデオをオフにしていて表情の分からない相手を説得するのは容易ではありません。どこまで自分の言葉が伝わっているのか皆目見当がつかないからです。

 

このままでは埒が明かないので、転職する彼には現在仕掛中の仕事を来週一杯に仕上げてもらうことにし、Hさんには私が取り掛かっている仕事を一緒に行なってもらうことにしました。

 

潜在的買収相手との本格的な売買交渉に先立って、先方が開示した事業概要や主要契約を閲覧しながら、商業面でのリスク分析を行なうのが私たちの主な仕事になります。

 

私は彼女に、比較的安易な契約の抄訳をやらせてみました。2日間の作業期間を与えましたが、実務経験の無い人間にはやや厳しいものだったかもしれません。しかし、彼女がどの程度のポテンシャルを持っているのかをまずは見てみたいと思いました。

 

Hさんは帰国子女で英語が得意だと言う触れ込みでしたが、英文の契約書を読み解くのは簡単なことではありません。私たち日本語を母語としている者でも、法律用語で埋め尽くされた契約書や法令をすんなり理解できるのは、それなりの勉強をしてきた人間に限られます。

 

英文契約書も然りで、ネイティブの英語話者でさえ、契約書を理解するのは大変だと言います。TOEICTOEFLで高得点を取ったからと言って、それが実務で使えるかと言うとそうではありません。

 

実際、私の娘たちも帰国子女で、ネイティブスピーカーとの会話は不自由無くできるみたいですが、それと仕事とは別の話です。

 

下の娘は、自分は英語が出来ると鼻にかけているところがありますが、試しに英文契約書を訳させてみたところ、半分も内容を理解出来ませんでした。その上、使っている英語は高校生レベルで止まっているため、仕事で使える英語を身に着けるためには、それなりの努力が必要となります。

 

努力の跡と手抜きの跡

さて、Hさんが持ってきた英文契約の抄訳ですが、私の予想どおりの出来栄えでした。“予想どおり”とは、もちろん悪い意味です。間違いが多いこと自体は気になりません。ただ、私が残念だったのは、彼女の訳した文章のどれをとっても苦心した跡が見られないことでした。

 

彼女には部内にある、過去の抄訳事例を使うこともウェブ上で類似契約の翻訳を探すことも含めて、やり方は任せると伝えてありました。ところが、彼女の抄訳は、支離滅裂な日本語の羅列でしかなく、何とか意味の通じる文章に整えようとした形跡が見られませんでした。

 

日本語の文章にしても、分からない単語があれば辞書で調べます。知っている単語でさえ、解釈が分かれる場合には辞書で意味を確認します。母語でなければなおさら、語句の意味を確認する作業に時間を割く必要があります。

 

“やっつけ仕事”。私は、しばらく忘れていた言葉を思い出しました。

 

これまで、部下が持ってきた資料や稟議書の手直しを数えられないほどやってきました。英文契約の翻訳や契約のドラフトの修正を徹夜で仕上げたこともあります。

 

いつも私が時間をかけるのは、手直しそのものでは無く、修正した箇所へのコメントでした。何故間違いなのか、どのように書くべきなのか。そのようなフィードバックが無ければ、同じ間違いを繰り返すことになってしまいます。他方、契約書で使われる用語や決まり文句は一定のパターンがあります。それらを知識として積み重ねて行くことによって、契約書を読み解く力は着実についていくものです。

 

しかし、やっつけ仕事にはコメントする意味が無いのです。自分で推敲を重ねて苦心したものでなければ、例えそれの間違いを指摘されても胸には刺さらないでしょう。ソフトの自動翻訳や文献のコピペのパッチワークで済ませたりするような手抜きを何とも思わない人間に、仕事の質を説いても伝わらないと思います。

 

私はHさんの契約抄訳を添削する前に、彼女と話をしてみたいと思いました。彼女の仕上げた仕事から私はやる気の無さを感じ取りましたが、それは誤解なのかもしれません。もし、今回の異動が彼女の本意でなかったとしたら、あるいは、仕事自体に思い入れを抱けないのだとしたら、彼女にとってもっと相応しい選択肢があるかもしれません。いずれにしても、腹を割って話さなければ先に進みません。(続く)