和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

知見の散逸

不要となる仕事

英文契約書の読み方に関する書籍は数多く出版されていますが、座学だけではスキルを養うことは出来ないので、出来るだけ多くの現物に当たって経験を培うことがスキルアップの近道です。

 

契約書の読み方以前に、英語の読み書きが出来ることが必要であることは間違いないのですが、今や非常に優れた英訳ソフトが普及していて、私も、私と一緒に仕事をしている若手社員も、初見の契約書は最初に自動翻訳して原文と和訳のつき合わせをするところから仕事を始めています。

 

これだけでも、随分と仕事は楽になりましたが、前後の文脈から適切な訳を選ぶことや、分かりやすい意訳に直すことに関しては、まだまだ英訳ソフトよりも生身の人間の方が勝っています。

 

しかしながら、近い将来、翻訳やあるいは通訳までもAIに完全に取って代わられる時代が来ます。私が三十余年かけて体得した知識など、ものの数秒でAIが学習してしまうようになれば、私の知見はもはや不要になりますが、それはもう少し後にしてもらいたいと思っています。

 

知見の散逸

主に技術職を中心に、定年退職後に再雇用嘱託となった先輩社員の方々を講師に迎えて社内セミナーを行なうようになって数年が経ちましたが、残念ながら新年度からは、社内セミナーは縮小されるようです。人事部のアナウンスでは、社員に広くリスクリングのための学習機会を与えられるよう研修制度の見直しを検討中 – と具体的に何をしようとしているのかさっぱり分からないことを言っています。

 

かつて、社内セミナーは、社外講師を招聘して行なわれるものが多かったのですが、先輩社員がそれぞれに蓄積してきた知見を後進に継承したいとの思いから、“内製化”しようと動き始めたものでした。当時、私も微力ながらその活動に参加したので、それなりの思い入れがありました。

 

内製化された社内セミナーは、座学だけでなく、実際の現場に赴いて技術やノウハウの伝授を行なう機会も設けられました。それは、新入社員研修の時の現場見学とは違い、次の日からの仕事に直結した、内容の濃いもので、参加者からの評判は上々だったはずでした。講師として指導に携わった嘱託の方々にとっても、最後の花道を飾るに相応しい活躍の場だったと思います。

 

人事部としては、将来的な他業種への進出を見据えて、専門分野でのスキルや知識の習得よりも、“潰しの利く”社員の育成に舵を切った – と言うのは私の穿った見方ですが、それは、低調な本業への梃入れを諦めたことを暗に認めているようなものです。

 

若手社員、特に技術畑の社員は、今の仕事をやりたくて入社した者がほとんどだと考えると、近い将来の配置転換含みのセミナーを受けたいと思うのでしょうか。

 

先輩社員の方々が蓄積してきた知見が散逸してしまうことに対する危機感は、結局、今の経営陣の考えとは相容れないものだったのかもしれません。