躾の連鎖

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不登校児の言い分

下の娘は、アルバイトで英語の塾講師をしています。人に教えられるのを極端に嫌っていた彼女でしたが、人に教えるのは性に合っているようで、毎日遅くまで教材の予習に余念がありません。塾の授業はマンツーマン方式なので、生徒のレベルに合った教え方を見つけるのが大変だと愚痴をこぼしています。

 

私も学生時代に塾講師のアルバイトをしていたので、今時の学習塾の様子には興味があります。食事時などに娘から話を聞くと、思わず教え方に口出ししたくなりますが、そこはぐっと堪えて聞き役に徹することにしています。

 

最近、娘がよく口にするのは、中学二年生の男の子、B君の話です。中学入学の直後から不登校になってしまい、それ以来、個別学習の塾が学校代わりになっているようですが、成績は振るわず、学習意欲も無いようです。

 

このご時世、授業は全てオンラインで行われるのですが、娘はB君にしばしば授業を“すっぽかされる”ことがあり、その都度、塾の本部を通じて親御さんに連絡をしてもらい、別の日に振り替え授業を行うなど、なかなか手強い相手です。

 

塾の本部からは、講師に対して、授業をドタキャンされたり、あるいは授業中に生徒が反抗的な態度を取ったりしても、決して受けて立ってはいけないと言われているそうです。ときには、授業中に親が割り込んできて無理難題を言われることもあるようですが、 - 娘は幸い、そのような目に遭ったことはないようです – そのような場合には、適当にかわして本部に事後処理してもらうことになっているようです。

 

厄介な生徒の対応は本部に任せるとしても、娘の気持ちは穏やかではありません。娘はあまり気の長い方ではないので、B君に“振られる”たびにカリカリしています。また、授業に出てきても、二言目には「だるい」と言って、教材も予定通りに進まないようで、さらに娘のイライラを募らせるようです。

 

もっとも、私からしてみれば、そんな娘もかつては勉強嫌いが服を着ているような有様で、私も妻もカリカリとイライラに苦しめられたものです。そんな話を娘にすると、「あそこの家は、甘やかせ過ぎ。(B君に)きちんと時間を守って授業に出させるのが親の仕事でしょ」と、一人前に正論を吐きます。

 

たしかに、塾講師は勉強を教えることはできますが、生活習慣や生きて行くための最低限のルールを身につけさせるのは親の役目です。

 

子の教育は親の義務

子を授かったからには、一人前にして社会に出すところまでが親の責任です。小学校・中学校の9年間、子どもを学校に通わせるのは親の義務ですが、それ以上に大切なのは、家庭での躾です。

 

今に始まったことではありませんが、本来親の役目であるはずの躾まで学校に押しつける父母がいます。子どもが学校での生活を送るために、必要最小限のマナーや善悪を教えるのは親の役割です。子の躾は根気が要りますが、小さいうちから生活のルールを身につけさせておかなければ、後で苦労するのは当の子ども本人なのです。

 

学校に通うことも然りです。友達と喧嘩をした、先生に叱られた – 子どもが些細な事で学校を休みたいと言った時、親はどうすればいいのでしょうか。1日、2日程度のずる休みは許されるかもしれませんが、それをだらだらと認めてしまい、気がついたら不登校になっていた、ということがあるかもしれません。

 

もちろん、悪質ないじめや、教師の体罰など、深刻な事態に子どもが巻き込まれている時は話は別です。しかし、乗り越えられるはずの障害にも拘わらず、子どもがそれを避けて通ることを望み、親が許してしまえば、子どもはその先、困難に遭遇するたびに逃げる癖がついてしまいます。サボり癖をつけさせないことも親の大切な役割です。

 

親は子どもに教育を受けさせる義務があります。それは単に子どもを育てるだけではなく、子どもを学校に通わせることも含まれるのではないでしょうか。世の中のルール、勉強の大切さ、学校に通うことの意味を子どもに教え、子どもが自発的に学校に通うようになるまでが親の義務だと思うのです。

 

叱らない親

レストランやスーパーマーケット、人が賑わう場所での子どもの姿は、親の躾を投影しています。子どもが間違ったことを行なった時に、その場できちんと叱ることが出来ない親は、子どもの躾から目を背けていることを自ら認めていることになります。

 

「子どもの自主性に任せて」、「個性を尊重して」、「放任主義」など耳触りの良い言葉は、子どもが最低限の躾を身に着けてからの話です。公共の場で子どもが大泣きして物をねだったり、走り回って人にぶつかったりしても、放置しているような親は躾を放棄しているとみなされても仕方ないでしょう。

 

公共のマナーは、放っておけば身につくと言うものではありません。親が責任をもって子どもに教え込むものです。マナーやルールを蔑ろにしている親の下で育てられることほど、子どもにとって不幸なことはありません。躾も不躾も世代を連鎖するものです。