支配される心 (1)

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ハッピードライバー

先月、外出自粛が続く中、大学2年生の娘が外泊すると言い出しました。ゴールデンウィークに計画していた旅行をキャンセルする代わりに、他県に住んでいる友人宅に親しい仲間6人で集まるというのです。その友人が自分の車で5人の友人をピックアップして回るので、公共の交通機関を使わなくて済むこと、友人宅から一歩も外に出ないことを私と妻に説明し、外泊しても良いかと聞いてきました。

 

私の答えはノー。外出自粛のみならず、都道府県を越境しての移動も控えるようにとの行政の要請に応えることが第一と考えたからです。娘は私の反応に不貞腐れていましたが、妻の説得もあり、外泊は思い止まりました。

 

結局、娘の友人のうち“外泊”できたのは2人。うちの娘を含めた3人は親の反対に遭ったようです。それでも、在宅組と外泊組はオンラインで女子会をして、それなりに楽しく過ごすことができたようです。

 

数日後、外泊組を自分の車でそれぞれの家に送り届けた帰りに、友人が事故を起こしました。幸いエアバッグのおかげで、その友人は軽傷で済んだようですが、電信柱に衝突した車は廃車になったそうです。

 

廃車になるほどの衝突。スピードの出し過ぎが原因だったようです。友人を送り終えた安堵感からか、楽しいひと時の後の高揚感からか分かりませんが、ついアクセルを踏む足に力が入ったのでしょう。私もかつて自分の車を持っていた頃は、運転するのが楽しく、つい慎重さに欠けた運転をしていることがありました。楽しく運転することは良いのでしょうが、テンションが高くなり注意力が散漫になってしまうと、大きな事故につながりかねません。

 

安全運転は歩行者目線で

現在私は車を所有していないので、遠出で車が必要な時にはレンタカーを使うことにしています。普段運転しないため、自分で言うのも変ですが、かなり慎重に車を操作します。若い時と違って、ハンドルを握っても気分が高まるといったことが無くなったせいもありますが、車を捨ててから20年以上、“歩行者”として過ごしてきたことが一番大きく影響しているのだと思います。

 

行き交う車を歩行者の目線で見ると、危険な運転をしているドライバーが非常に多いことに気づきます。狭い道でも法定速度を守らずに走り過ぎる車や、一時停止を守らない車がなんと多いことか。恐らくそのようなドライバーは、大してスピードを出しているとは思っていないのでしょう。一時停止も止まったつもりになっているのかもしれません。車を運転している側と道を歩いている側とではかなり感覚が違うのです。

 

普段歩行者として生活しているためか、たまに車に乗る時には、私は歩行者に対して細心の注意を払って運転するようになりました。そうすると、狭い道でスピードを出して走れるはずも無く、否が応でも、一時停止もしっかりと車を止めて左右を慎重に確認しなければならなくなります。全て教習所で習った当たり前のことなのですが、運転席に座るとつい忘れてしまうことでは無いでしょうか。

 

ハンドルを握ると変わる性格

娘は、友人から事故の話を聞いて、車の運転が怖くなったと言いました。事故を起こした友人は物静かで、とてもスピードを出し過ぎるような性格ではないらしいのですが、そんな友人が運転席に座ると性格が変わるのだとしたら、自分も同じようになってしまうのではないか・・・というのが娘の心配しているところでした。

 

娘は春休みから自動車教習所に通っていますが、現在は臨時休業中で学科教習は中断しています。新型コロナ騒動が一段落すれば、教習所も再開するのでしょうが、根っからの小心者である娘は、運転免許を取ることに躊躇を感じているようです。

 

まさか自分の娘がスピード狂になるなど夢にも思っていません。むしろ、私が心配しているのは、車を運転していてトラブルに巻き込まれることです。

 

煽り運転が大きな問題として世間に注目されるようになったのは、それが原因で死亡事故が発生したからでした。自分よりも弱そうな相手に因縁をつけてストレス発散するなど言語道断ですが、見ず知らずの車を煽るような迷惑運転は今始まったことではありません。自分の行く手を塞ぐ車に必要以上のクラクションを浴びせたり、無理な追い越しをしたりというような乱暴な運転をする車は後を絶ちません。自分が如何に慎重な運転を心がけていても、このようなトラブルに巻き込まれるリスクはついて回ります。

 

車は、多くの人々にとっては移動手段のひとつですが、一部の人間にとってはストレス発散のためのおもちゃです。目的地に無事に辿り着くだけが目的の善良なドライバーが、誰かのストレス発散のために犠牲になってしまっては堪ったものではありません。

 

トラブルを未然に防ぐには、スピード違反を始めとする交通違反の厳罰化が必要なのは論を待ちませんが、私の疑問は、何故ハンドルを握ると性格が変わってしまう人がこうも多いのかということです。(続く)