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結婚を考える前に

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人生の岐路では無くなった結婚

この記事を書いている時点で、新型肺炎騒動による在宅勤務生活も1か月を超えています。ちょうど今の季節、各部員と期末の面談を行う時期なのですが、このような状況なのでビデオ会議システムでの面談となります。

 

今回分かったことは、会議室にこもって行う面談よりも、パソコンの画面越しの面談の方が会話が弾んだことです。お互いに自宅で普段着のままなので、雰囲気そのものがリラックス度満点なこともあり、打ち解けた面談を行うことができました。

 

そんなゆるい期末面談の中、先日、部下の一人から結婚の相談を受けました。今年30歳になる彼は、付き合っている女性がいるわけではなく、“漠然と”そろそろ身を固めるべきではないかと考えているようでした。

 

ところで、生きて行く上で重要な選択を迫られる局面を「人生の岐路」と言います。すぐに頭に浮かぶものと言えば、進学、就職、そして結婚。

 

とりわけ、学業を終え仕事に就いた後ともなると、残された「人生の岐路」は結婚と考える人が ‐ 私の周りだけかもしれませんが ‐ まだまだ多いようです。

 

思うに、専業主婦の割合が多かった時代では、男性はいずれ結婚して妻や子を養うのが当たり前、女性は働いていても、いずれ結婚して主婦になるのが当たり前、と考えられていました。

 

今や、男女の別なく、自分ひとりで暮らして行くだけの稼ぎを得て、誰かに依存しなくても一生暮らしていける人が増えてきました。また、家電やコンビニ、家事代行業の成長など、私たちを取り巻く環境は独身者にとって生活しやすいものになってきています。もし、誰にも邪魔されずに快適に生活できるのであれば、あえて独りで生きて行く道を選ぶ人がいても不思議ではありません。

 

結婚を焦る人たち

男女が公平に仕事の機会を得られ、独りで生きて行くのに困らない世の中になったとは言え、結婚相談所や婚活パーティーのような商売は依然盛んです。これは、相当な数の人々が結婚願望を抱いていることの表われではないでしょうか。

 

恋人同士の付き合いではなく、内縁関係でもなく、あえて「結婚」に拘るのは、そこに法的な保証や安心感があるからで、また、世間体も影響しているためでしょう。親や周囲の目を気にする人は「結婚」自体を目的にしてしまいがちです。

 

また、結婚しない子供に焦りを感じている親も多いようです。最近では昔ながらのお見合い結婚というのはほとんど聞かなくなりましたが、反面、親による婚活が目立ってきています。親御さんがどのような理由で自分の息子や娘の結婚を急いでいるのか知る由もありませんが、もし、自分の老後の面倒を見てもらいたいとか、孫の顔を早く見たいなどという自分本位の理由があるのだとすれば、何となく、その息子さんやお嬢さんに同情してしまいます。

 

いずれにせよ、「結婚」を焦る人々がいる限り、相談所やパーティーへのニーズが減ることは無いでしょう。

 

結婚と恋愛感情

友人や会社の同僚が結婚すると、何となく自分も結婚したいという気分になったり、結婚しなければというプレッシャーを感じてしまったりする人がいます。

 

すでに思っている相手がいれば話は別ですが、そのような相手がいないにも拘わらず、結婚すること自体を目的にしてしまうと、自分の大切な時間を失ってしまうことにもなりかねません。

 

現在、結婚を強く望んでいる人は、もう一度その動機を振り返ってみては如何でしょうか。

 

もし、それが「親を安心させたい」とか、「周囲の目が気になる」とか、「友人や同僚に後れを取りたくない」という外的なものだとしたら、結婚などしない方が良いです。

 

「親が安心する相手」、「周囲に自慢できる相手」、「友人や同僚が羨むような相手」。本当に大切なのは、自分と相手の心が通じ合っていることだったり、価値観を共有できることだったりするはずなのに、他者目線で相手を見てしまうと、自分と相性の良くない、本来結婚してはいけない相手を選んでしまうことだってあり得ます。

 

私の周りにも、周囲の声に“押されて”結婚してしまったという人がいます。“親から言われて”とか、“断り切れなくて”など、自分としては不本意ながらも妥協して物事を決めてしまうと、何か困難なことに出くわした時に、その責任を他者に求めることになります。「だから、結婚したくなかった」。最後は自分で決断した道のはずなのに、失敗したときに自分の非を認められないという人が意外に多いものです。

 

では、結婚願望が内的な動機から生じたものであるとしたらどうでしょうか。例えば、結婚に対して「精神的な支え」を求めると言った場合です。

 

精神的に自分を支えてくれる、あるいは支え合えるパートナーがそばにいてくれると、生きて行く“張り”が出てくるものです。自分が苦しい時、楽しい時にその気持ちを分かち合える誰かがいてくれると、苦しみは軽くなり、楽しさは膨らみます。

 

しかし、そのようなパートナーが欲しい、一緒にいたい、というのは、「結婚したい」というのとは別物です。自分が欲するものはどちらなのか、少し考えれば自ずと答えは見えてくるのではないでしょうか。

 

恋愛感情や信頼関係の無い相手と人生を共にすることなどできないはずです。逆に苦楽を分かち合える相手と一緒にいられるのであれば、「結婚」することに拘る必要はありません。一緒にいられる相手と将来のことを考えた上で、「結婚」するメリットを見出せたときに、婚姻届けを提出するというのが自然な流れのように思いますが、如何でしょうか?