私の勤め先では自由選択定年制度があります。五十歳以上の社員が対象で、退職金が割り増しになります。先週、私はその制度を利用して今年いっぱいで退職することを部長と課長に伝えました。
部長からは、時短勤務や在宅勤務日数を増やせば働き続けられるのかと尋ねられました。私はそういう問題ではなく、自分と家族のための時間を増やしたいことが理由だと説明したのですが、腑に落ちない様子でした。
この三年間、妻の闘病、私自身の体調不良、そしてコロナ禍と、思いもよらないことが次々に降りかかりました。私にとってそれらは決して不幸な出来事ではなく、むしろ、働き方や家族との関わり方を見直す良いきっかけになりました。そして、その先にある自分の将来についても深く考えることにもつながりました。
現状に大きな不満があるわけではありません。今のような働き方でも、自分の娯楽、家族との憩いに費やす時間はそれなりに確保できます。このまま定年まで仕事を続けていれば、老後資金の積み増しができます。
しかし、老後資金を増やすために自分の時間を切り売りし続けるよりも、私は自分の自由になる時間をもっと欲するようになりました。定年まで働いていれば得られたであろう収入で、自分時間を買ったと思えば惜しくはありません。
会社に退職の意向を伝える前夜、夕食後に家族にそのような話を伝えました。娘たちは、それが良いと思うと賛同してくれました。妻はというと「それは家族にとってどんなメリットがあるのか」と聞いてきました。
妻は、いつも何かを提案しても即賛成はせず相手を焦らせたがる悪い趣味があります。彼女は家族にとってのメリットなどを真面目に知りたがっているわけでなく、家族団欒の余興のようなものです。私の答えが良くても悪くても、「ああ、そうなんだ」と言っておしまいです。
「夕飯のおかずが一品増えます」。「ああ、そうなんだ」。妻の表情から反対はしてなさそうなことが分かりました。
ともあれ、半年後には私は会社を辞め、我が家の夕食のおかずが増えることになります。私の心の中は一足早く梅雨明けしました。