干渉と束縛
かれこれ15年も前の話ですが、当時、新入社員として私の部署に配属になったSさんと言う女性がいました。根暗では無いのですが、あまり口数は多く無く、割合賑やかだった部でも、話の輪に加わるようなことはありませんでした。
仕事はきちんとこなしていて、上司としては手間のかからない優等生ではありましたが、新入社員らしい覇気が感じられないのが気になっていました。
重要な会議が迫っている時など、数日程度の残業が続く時がありましたが、そんな時に決まって彼女の母親から電話がかかってきました。彼女にでは無く、私に直接の電話です。言葉遣いは丁寧そのものなのですが、娘の帰りが遅くなるのが心配なのであまり残業をさせてくれるなと言う主旨です。
私がSさんに仕事を切り上げて帰宅するよう言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をしつつも、母親からの言いつけには逆らえない様子で会社を後にするのでした。
Sさんから聞いた話では、母親には門限を守る条件で就職を許してもらっているとのことでしたが、私にはその説明を俄かに理解出来ませんでした。遊び歩いて帰宅が遅くなるのとは違います。また、当時は女性社員の過度の残業は禁じられていたため、親が心配になるほど帰りが遅くなるわけでもありませんでした。
私は最初、子離れ出来ていない親なのだと思っていました。今でこそ、入社式を“参観したい”と言い出す親がいますが、当時はまだ、そんな風潮はありませんでした。会社勤めを始めれば一人前の大人です。
もちろん、親と同居していれば、家のルールに従う必要はあるでしょう。しかし、いくら就職するための条件だからとは言え、娘を呼び戻すために毎度会社に電話をしてくるとは、私の感覚からすると尋常では無く、Sさん本人の責任では無いことは分かっていても扱いづらさを感じてしまいました。頻繁に会社に電話を入れてくるSさんの母親に、それを止めるよう諫めるべきか、私は悩みました。かえって彼女に対しての干渉や束縛が高じることを恐れたのです。
職場の居心地
そんなことが何度か続くようになると、周囲の課員にも気づかれることになります。事情を知らない者は、私が新人に甘過ぎると不平を漏らし、また、Sさんにつらく当たる者まで出てくる始末です。
Sさんが休みの時のことでした。私は課の全員に、Sさんの親からのお願いで早く帰宅させなければならないこと、いずれ時機を見て何とかすると説明し、理解を求めました。
Sさんの母親は、娘が残業することを快く思っていないばかりか、社員旅行 - 当時はまだそんな行事が残っていました - への参加も許してはくれませんでした。
一時期厳しく接していた先輩社員ですら、Sさんの様子から、何となく親からの過度な干渉、あるいは束縛を受けているのだと感じ、社員旅行への不参加が本人の意思では無いことを知り、Sさんから家庭の事情を聞き出しました。そして、それは瞬く間に部署にいる人間の知るところとなりました。
Sさんを憐憫の目で見る者もいましたが、それ以上に、その母親を風変りな親と茶化す者がいました。Sさんにとっては職場の居心地は良く無かったでしょう。
私は、Sさんの家庭の事情を触れて回った本人を厳しく注意しました。もっとも本人にSさんの立場を悪くしようなどと言う意図は無く、Sさんの母親に対する憤りを誰かと共有したかっただけのようでした。それが面白おかしく広がってしまったのは、本人の誤算だったのでしょうが、いずれにしてもSさんにとっては迷惑だったことに違いありません。
切れないつながり
しばらくして、Sさんは勤務時間中に居眠りをするようになりました。私は部下から彼女を注意するよう突き上げられ、Sさんに最近の様子を聞いてみることにしました。
社員旅行への不参加の一件以来、Sさんは職場では浮いた存在になってしまいました。私は、別の部署に彼女を異動させることを上司に提案することを考えている時期でした。
Sさんを別室に呼び、私は単刀直入に、Sさんに寝不足では無いのか尋ねました。彼女曰く、就職して以来、母親の干渉が激しくなり、週末の外出もままならず、家では母親の愚痴の聞き役で疲れてしまい、夜も寝付きが悪いとのことでした。
Sさんは三人兄妹の末っ子で、二人の兄はすでに独立し、家に残されたのは両親と彼女の三人。父親は母親と折り合いが悪く、家庭内別居の状態だと言います。兄たちは家に寄り付かず、母親としてはSさんが唯一の拠り所なのでしょう。
私は彼女に独り暮らしを提案してみましたが、母親を独りには出来ないと言います。当時の私としては、それ以上彼女に出来ることは無いと考えていました。仕事に大きな支障があればともかく、上司部下の関係では立ち入れる領域は限られています。
Sさんの居眠りは無くなりましたが、彼女の覇気の無さの後ろには常に母親の影を感じていました。
その後、私は別の部署に異動となり、海外駐在で日本を離れることになったのですが、Sさんのことは気がかりでした。
8年後に私が本社に復帰した頃、彼女はまだ会社にいましたが、その容姿は大きく変わっていました。年齢的なこともあるのでしょうが、それにしてはあまりにも病的な太り方だったのです。(続く)