和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

愚者の判断 (1)

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正しい決断へ導くもの

これから書く話は、特に若い人に、組織の中で仕事をする際に心にとめておいてもらいたいことです。

 

「一を聞いて十を知る」とは賢明な人を言い表す例えですが、周りを見回してもなかなかそのような聡明で理解力のある人にはお目にかかれません。反対に、一しか聞いていないのに全て分かった気になって、勝手な思い込みで見当違いな判断をしてしまう上司はたくさん見てきました。年を取るとせっかちになるから、と言うのとは違って、下の者の言うことを侮る気持ちが、相手の説明を遮り、的外れな結論を導き出す原因なのです。

 

仕事にしても私生活にしても、私たちは、重要な判断をしなければならない時ほど、できるだけ多くの情報を得ようと努めるものです。例えば、何かの商品を手に入れる時には、類似の物を比較してどれが一番費用対効果に優れているかを考えます。家や車など高額なものになればなるほど、一層慎重に検討することになるでしょう。

 

同様に、会社の仕事でも、物品の発注や事業参加などの入札に際しては、コストセーブを追求したり、事業の実現可能性を検討したりと、“手を出す”前に熟慮する工程があります。とりわけ会社が扱うものは金額の規模が大きいので、判断に誤りがあれば、そのダメージは、一個人が高い物を掴まされた時の損失などとは比べ物になりません。

 

組織の中で投資などの意思決定を行う際、多くの場合は合議制が取られます。金額の規模によって管理職の決裁で済むものもありますが、ある程度の大きな案件になると、取締役会など経営陣による合議によって物事が判断されます。

 

蛇足ですが、欧米の企業では、日本の多くの企業に比べて会社経営と事業遂行の役割分担が明確で、部長級の社員に、より多くの権限が委譲されています。そのため、契約交渉などでも、先方はその場で意思決定できる者を送り込んできますが、日本の会社の場合は「持ち帰って役員会の判断を仰ぐ」など、時間や手間のかかるプロセスを経なければ意思決定できないため、交渉がとん挫してしまうことがあります。

 

さて、ここまでは、意思決定する側の話でした。これを反対の立場から見ると、意思決定者に判断を仰ぐ側は、適正・的確な判断をするために必要な情報を提供するよう努めます。判断を仰ぐ側は、自分の手掛けた案件の将来像を頭の中で描いています。愛着も湧いてきます。しかし、それが会社の利益に貢献できるものなのか否かは、多面的に吟味する必要があるため、意思決定者に間違った情報やバイアスのかかった分析結果を提供して、自分の思惑に沿って良い返事をもらおうと考えることは許されません。

 

適正な意思決定をするためには、決める側の判断能力や決断力と、判断材料を提供する側の的確な情報収集能力及び分析力が必要となり、さらに、双方ともに公正中立な立場で物事を見る心構えが欠かせないこととなります。そのいずれかが欠落していると、誤った決断をしてしまうことになります。

 

野心を持つ者

会社に限らず、組織の中に身を置くと、自分を認めてもらいたい、高く評価してもらいたいという欲が湧いてきます。もちろん、中には出世など全く興味が無いと言う人もいるでしょうが、それでも、自分がやり遂げた仕事が評価されなければ、良い気持ちはしないはずです。

 

しかし、仕事の目的を自分の評価を上げることに置いてしまうと、判断材料の分析結果を恣意的に良く見せようとする下心が生じる可能性が出てきます。したがって、仕事を成し遂げることと、自身への評価は別物だと割り切ることが必要なのです。

 

かつて、私の勤め先で、大きなプロジェクトの投資判断が取締役会に付議されました。ある製品を製造するためのプラントの建設、販売先の確保と条件交渉。実際に製品が販売されるまでのリードタイムが10年近くになるため、その間の市場環境の変化も予測困難です。まさに社運を賭けたと言っても過言ではない大事業でしたが、その意思決定に実質的に関わっていたのは、一人の幹部社員をリーダーとする小さなチームと担当役員でした。

 

事業の本質的な部分を把握している極一部の人間が、排他的に物事を進めるほど危険なことはありません。肝心な情報は全て自分で抱え、実務レベルでの事業に対する反対意見や疑問に耳を貸さず、自分たちの都合の良いように社内を“調整”し、公式な投資評価会議の段階では、すでに「承認ありき」の状態になってしまっては、もう誰も止めることは出来ません。

 

実はこの少し前に、主に投資判断を行うための社内意思決定プロセスの見直しが行なわれました。国外の大手企業OBをアドバイザーに招聘し、欧米流の“的確かつスピーディーな”意思決定を行なう仕組みを導入することが目的でした。

 

紹介された意思決定プロセスは、取締役会での承認までにいくつかの“ゲート”を設けて、そこで「案件の提案」から「最終投資判断」までを関係者によって検討することになっていました。当初の案では、検討チームは必要最小限の人員に絞り、検討も集中的に行なうことになっていました。役員会も必要があれば随時開催することにより、的確でスピーディーな意思決定が可能になる予定でした。

 

ところが、ふたを開けてみると、この新しい意思決定プロセスがとんでもない足かせとなってしまいました。(続く)