和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

慢心の花が咲く(2)

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偉くなりたい

結婚を機に退職することとなったベテラン秘書のMさんは、Kさんを自分の後任に推薦しました。

 

lambamirstan.hatenablog.com

 

私がMさんの退職とKさんの社長担当のアナウンスを部下に行った直後、Tさんが私に“抗議”しました。何故自分よりも“下の”Kさんが社長秘書になるのか、と。

 

私は最初、彼女が何に怒っているのか分かりませんでしたが、相当な怒りようです。過呼吸気味に途切れ途切れの言葉で不公平だと私に訴えるその姿は、普段見せる穏やかで楚々としたTさんではありませんでした。

 

その時Tさんは副社長秘書。副社長とも馬が合っており、仕事に不満を抱いているようには見えませんでした。Kさんももう一人の副社長秘書であり、また、社外役員の担当でもありました。どちらも新入社員から一人前の秘書に成長しました。まだまだ至らないところはあるにせよ、相応に仕事はこなしており、私の目から見ても優劣はつけられません。

 

とにかく、役員フロアで秘書が取り乱している醜態を晒しておくわけにいきません。応接室に場を移し、私はTさんに彼女の真意を尋ねました。彼女は、入社試験の成績が自分より“下”だったKさんが自分を差し置いて社長秘書になるのはおかしいと言います。私は彼女に、一体誰から入社試験の成績を教えてもらったのかと尋ねました。「そんなことぐらい知っています」。敵意に溢れる彼女の視線が私に刺さりました。

 

私は彼女に、誰がどの役員の担当になるかは総合的に判断していることを説明し、また、秘書が自分の“担当したい役員”を選ぶのではないことを諭しました。Tさんはまだ納得していない様子でしたが、来客の準備があるということで私はようやく解放されました。

 

その日の午後遅く、この件を室長に伝えたところ、ちょうどTさんの担当している副社長から室長と私が呼ばれました。副社長室に入ると、ばつが悪そうな苦笑いを浮かべた副社長とMさんがソファに座っていました。Mさんがあきれ顔で事情を説明します。

 

褒められて育つタイプ?

当時私の勤め先では、新卒の採用は「総合職」と「一般職」に分かれていました。総合職はいわゆる幹部候補で転勤の可能性もあります。一方の一般職は事務補助要員です。しかし、一般職で入社しても一定の職務経験を積み、上司の推薦を受けた上で論文と面接試験に合格すれば総合職になれます。この仕組みが分かっている新卒者の中には、あえて競争率の高い総合職ではなく、一般職での採用を目指し、入社後に総合職への転換を試みる者もいました。ただ、一般職から総合職の転換試験は相対評価で人数枠も決まっているので、希望すれば誰でも総合職になれるわけではありません。総合職として認められるための職歴も必要です。

 

Tさんは社長秘書になれれば文句なく総合職になれるものと勝手に信じ込んでおり、同期のKさんが社長秘書になってしまうと、自分の総合職への道が閉ざされてしまうと思っていたようです。彼女は、私では埒が明かないと分かると、自分の担当役員である副社長に直訴したのでした。

 

これまで1年以上Tさんを見てきた副社長は、Mさんの退職を事前に知ると、私が部下に公表する前にTさんに“次の社長秘書は君かもしれない”というようなことを“冗談で”言ってしまったとのことでした。副社長の軽率な一言で、Tさんの自尊心が自惚れに変わったのです。

 

しかし、私はそんなことよりもTさんの豹変ぶりにショックを受けていました。私が話し終わる前に応接室のドアを乱暴に閉めて出て行く後ろ姿が蘇ってきました。

 

Mさんから一通りの説明を聞き終わると、副社長が暢気に口を開きました。「社長秘書はTさんでもいいんじゃないか」。彼女は褒めてあげると育つタイプ。採用面接の“成績”も一番良かった。これでは本人のやる気を殺いでしまわないか心配だ、というのが副社長の意見でした。

 

私もTさんの怒りの猛抗議さえなければ、副社長の意見に賛同するところでした。しかし、アンガーマネージメントができないことは、組織の中で働くには大きなハンディとなります。社長秘書どころか、秘書室勤務自体、Tさんには向いていないのではないかという不安が私の頭をよぎりました。

 

いじめの首謀者

Kさんが社長秘書になることを快く思っていない同僚がもう一人いました。Hさんです。後輩思いが彼女の良いところでしたが、頼られることが好きな反面、自分を慕ってこない相手には冷たい対応を取りがちでした。

 

Kさんは社内の特定のグループに属することを嫌い、誰ともつかず離れず一定の距離感を保っていました。それが気に入らなかったHさんは、それまであまり馬が合わなかったはずのTさんと急速に親しくなります。TさんもHさんをうまく持ち上げ、傍から見れば、仲の良い先輩後輩です。人の気持ちは複雑怪奇です。表面上はうまく行っている“ように”見えた秘書室で、このような人間関係の変化が進んでいたことに私は気づかずにいました。

 

 

Kさんが社長秘書となり数か月経ちました。11月のある日、私はY君から応接室に呼び出されました。係長級の彼は部下の秘書たちを公平に扱い、下からの信望も厚い社員でした。話を聞くと、Y君とKさんが秘書室内で孤立しているというのです。彼はHさんから、Kさんが生意気なので無視するように誘われたそうです。その年秘書室に配属になった新入社員もHさんには逆らえず仲間に引き込まれたようです。Y君はHさんの誘いに応じず、KさんとともにHさんの“標的”になってしまったということでした。

 

この季節、秘書室では社長を始め各役員の年賀状や海外向けのグリーティングカードの発送準備に追われます。特に社長の年賀状の枚数は他の役員に比べ桁違いに多いため、社長秘書だけでは対応しきれず、他の担当秘書も総出で出状リストの整理などを行うこととなっていました。しかし、今年に限っては、Hさん以下他の秘書は一切手を貸そうとせず、KさんとY君だけで対応しようとしていると言います。

 

何とも下らないことをするものだ、と私はあきれてしまいました。これでは小学生レベルのいじめと何ら変わりありません。Mさんが退社した後、Hさんには筆頭秘書として後輩をうまくまとめてくれることを期待していたのに、自らチームの輪を乱すようなことでは頼りにできません。

 

私はすぐに部下全員を集めて、Kさんの仕事を手伝うように指示しました。その場で分担も決めました。Hさんの顔を窺うと薄ら笑いを浮かべています。

 

私は室長にHさんの他部署への異動を提案しました。彼女の性格からして、注意しても素直に応じることはないと確信していたからです。Hさんの担当は、すでに一線を退いた元会長の顧問と監査役だけなので、たとえ1名欠員となったところで残りの秘書たちで仕事は回せます。

 

その話をすると、室長の顔がにわかに曇りました。(続く)