慢心の花が咲く(1)

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特権意識

会社の中は大きく分けると事業部門と管理部門に分けることができます。事業部門で働く社員の中には、「自分たちが金を稼いでいる。管理部門は事業部門に文句をつけるばかりで金を食い潰しているだけ」という妙な勘違いをしている者もいます。バックオフィスが無ければ事業部門の仕事は立ちいかないことが分かっていないのです。

 

これとは別に、会社の中枢に近い部署で働く社員が現場を下に見るということもよく見受けられます。同じ会社の社員のはずなのに、見下す対象を見つけることでしか自分の存在価値を認めることができない人間です。

 

私は管理部門と事業部門の両方に籍を置いた経験があるため、そのような“ランク付け”には何の意味も見出せません。部署の間でも、役職の間でも、それぞれの職務を全うするために役割が分担されているだけで、部長だから偉い、とか、○○部だから言うことを聞け、というものではないのです。

 

会社に入った時にそのような基本中の基本を理解していないと、後々自分が大きな損をするというお話です。特権意識は邪魔になることはあっても本人にとって何の得にもならないのです。

 

束の間の平穏

私が秘書室に異動になったのは、最初の海外駐在から本社に復帰して3年が過ぎた頃でした。これまでのキャリアと全く関連性の無い部署だったので最初は躊躇しましたが、何かと世話になった役員から説得されて引き受けさせてもらうことにしました。

 

秘書室自体これまであまり付き合いが無く、ときたま稟議書を持ち込んだり、書類に公印を押してもらったりする際に足を運ぶ程度で、私には縁の無い部署でした。

 

異動初日、秘書室長からは一言、「うまくまとめてくれ」。課長のポストは長く空席になっていたため、前任者からの引き継ぎというものもありません。部下は係長級の男性社員Y君、その下に役員秘書の女性社員が5名。

 

役員フロアの密閉された空間で仕事をしていると、他の部署の人間との交流が極端に減ります。役員秘書の主な業務は、担当する役員の日程管理や社内調整です。社内外からのアポをうまくさばくのは、簡単そうに見えて細かな気配りが必要です。また、案件の軽重を判断して時間調整をする必要もあります。傍から見ている以上に気を遣う業務なのです。

 

その年、秘書室ではいろいろな事情で退職する社員が続出したため、急遽、春に入社したばかりの新入社員が2人配属されました。また、もう一人、別の部署からの異動者も加わりました。ベテランの秘書Mさんが“新入り”を教育することになりましたが、自分の業務の傍ら、教育指導することは簡単ではなく、混乱した状態が半年近く続きました。そんな中で私は秘書室に異動となったのです。

 

別の部署から移動してきたHさんは、姉御肌で後輩の面倒見が良い反面、筋の通らないことがあれば、先輩社員にも食ってかかるようなタイプでした。仕事はてきぱきとこなし、間違いも少ない。私は、頭の回転の速い彼女はもっと別の部署でやりがいのある仕事を見つけるべきだと直感しました。逆に秘書室のようなところでは彼女のような性格は浮いてしまうのではないかと心配しました。Mさんからも、「Hさんは早く異動させてあげた方が良い」というアドバイスを受けていました。この悪い予感は後に的中します。

 

新入社員の2人は元々別の部署に配属予定だったものの、入社直前になって急遽秘書室配属になったTさんとKさんでした。Tさんは女子大卒で海外事業部門に配属予定だったことから、秘書室からできるだけ早く異動したいと希望していました。Kさんは大学では経済学を学んでおり、当初は企画部門への配属予定でしたが、秘書室での仕事もまんざらではない様子。

 

混乱状態の秘書室でしたが、翌年の春には良いチームに成長していました。ベテラン社員Mさんの粘り強い指導の賜物でした。私としても室内で一番頼りにしていた社員です。新入社員もさらに2名配属され、仕事にもゆとりができました。しかし、私にとって秘書室での良い思いではここまでです。

 

ようやく一体感が出てきた秘書室になった矢先に、Mさんが退職することになりました。結婚して旦那さんの世話に専念したいということで、私は彼女の希望を尊重してあえて引き止めはしませんでした。

 

彼女は社長秘書でしたが、後任にはKさんを推薦しました。Kさんは明るい性格で人当たりも良い。どの役員ともうまく話を合わせられるので、きっと社長秘書を務めることも問題無い。私も異存ありませんでした。しかし、これが秘書室を再び混乱させるきっかけとなったのです。

 

しかも、いつも冷静で、かつ分け隔てなく後輩に向き合っていた扇の要がいなくなったことで秘書たちの迷走が始まります。(続く)