人を見る目

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採用面接は複数の目を通して応募者の人となりを見定めるため、本来、期待外れの人間を採用してしまうことは“稀”なはずです。しかし、その年の中途採用は人事部にとっても悔しい思いに溢れていたことと思います。10名足らずの中途採用者のうち、1年以上“残った”社員はわずか1名。それ以外は自ら退職していきましたが、ほとんどが配属先からダメ出しが出ていました。人事部はこの年以降、中途採用者の面接に際しては、今まで以上に用心深くなりました。

 

自分は被害者

彼女は外資系のコンサルタント会社から私の勤め先に転職してきました。私が今の部署に異動になったとき、彼女は転職して3か月目。異動前に聞いていた評判はすこぶる良く、彼女と仕事ができることを楽しみにしていました。

 

彼女の下には中堅の女性社員と、定年後再雇用のベテラン男性社員の2人。こじんまりとしたチームで進行中のプロジェクトの管理を行います。

 

ところが、“鳴り物入り”で転職してきたはずの彼女、私の前任者の評価はあまり良くありません。仕事は部下に丸投げ。任せた仕事は締切ギリギリに仕上げるもののミスが多く使い物にならず。たった3か月ですが、前任者は彼女を見限っていました。

 

異動後、私は彼女も含め3人の課長と面談を行いました。それぞれの課の業務の進捗と課題、それに対応策を確認するためです。私が部下との面談で常に気を付けていることは、先入観を持たないこと。前任者の彼女に対する評価はひとまず脇に置いて、彼女と相対することにしました。入社間もない彼女としては、まだ会社の社風に不慣れなこともあるでしょうし、部下との関係も構築中。仕事が思いどおりに進まなくてもやむを得ないと思っていました。

 

しかし、面接の時に飛び出した彼女の発言に私はしばし絶句しました。私が仕事の進捗を聞くよりも前に、彼女は部下を辛辣な言葉で批判し、“無能な”部下に足を引っ張られている自分が被害を受けていることを強調するのでした。呆気に取られて、発言を諫めることも忘れてしまった私を残して、彼女は会議室を後にしました。

 

お手並み拝見

私は、ある仕事を彼女に任せることにしました。仕事の中身は、とある案件のリスク分析と経済性評価で、それほど複雑なものではありませんでしたが、部下をうまく使わないと締切には間に合いません。どのように采配を振るかが彼女の腕の見せ所でした。私は、部下の力を引き出すのも管理職の仕事であることを伝え、何か問題があれば、すぐに自分に相談するように彼女に伝えました。

 

数日後、彼女の課のベテラン社員が私に耳打ちしました。その人は、現場叩き上げで部長にまでなった優秀な人で、私としても信頼できる先輩でした。「例の宿題、全く進んでいません」 彼女から部下への仕事の振り分けが何もされていないということでした。日々の雑多な管理業務もあるので、早めに段取りを整えなければならないはず。締切まではまだ余裕がありましたが、わざわざ手を付けずに取っておく理由もありません。しかし、私はあえて何も言いませんでした。彼女がどうするのか様子を見てみることに決めました。

 

それからさらに数日後。私が打ち合わせから席に戻ると、ベテラン社員が顔を真っ赤にして、彼女を怒鳴りつけていました。年下とは言え、自分の上司を“叱りつける”のは頂けませんが、余程のことがあったのだと思い、2人を別室に呼び事情を聞きました。

 

彼女に任せた仕事は締切まで1週間あまりとなっていました。ベテラン社員は仕事の振り分けが全く行われていないことに痺れを切らし、ついカッとなってしまったようです。私は彼女の言い分を聞きましたが、これがまた予想外のものでした。彼女曰く、コンサルタントに外注しようと経理部に話したところ、予算外なので申請が必要だと言われた。申請理由を考えているところで、締切を忘れていたわけではない。しかし、残り1週間で社内承認の手続きから外注、成果物の検収までを行うことなど無理な話。その点を突いたところ、仕事の出来ない部下にやらせても、締切に間に合わないことは同じと吐き捨てました。

 

怪我の功名

件の案件に関する投資評価は、月例の社内会議で討議される予定でした。私は関係部署との間で、当月の会議で中間報告を行い、次月に本格討議することで了解と取り付けました。そして、ベテラン社員を実質的なリーダーに起用して、他の2課の課員の応援も得た上で、必要な情報収集を一から始めることとしました。尻ぬぐいの役を買ってくれたベテラン社員は、若手や中堅社員のやる気を引き出すのが本当にうまい人でした。

 

それから約1か月半、担当となった社員全員、良く奮闘してくれました。残業も発生しましたが、不平を言う者はいませんでした。その結果、社内会議での討議は何とか形にはなりました。

 

私はその間も何度か、彼女とベテラン社員の3人で課の仕事の進め方について話し合いの場を持ちました。ベテラン社員も私も極力冷静に彼女と話すよう努めました。彼女は、仕事が進まないのは“無能な部下”のせいにしたいようです。有能な部下をつけてくれれば、良い仕事ができると。私が繰り返し、今回の1件は事態を放置していたことが問題であり、部下の能力とは関係無い話だということを伝えても、彼女はのらりくらりとはぐらかし、会話は全く噛み合いません。

 

私は部内の統制が取れなくなることを恐れ、彼女を異動させることにしました。今回の一件で、部内のまとまりが強くなったとのベテラン社員の一言も後押しとなりました。まさに怪我の功名です。

 

この時点で彼女が我が社に転職して半年足らず。そのタイミングでの異動となると、社内でいろいろと噂されることも考えられましたが、そんな心配をしている場合ではありませんでした。

 

人事部は、短期間での異動に難色を示しましたが、私は彼女の受け入れ先と調整した上で、人事部を半ば押し切る形で話をまとめました。彼女には部下の育成は任せられず、移動先には、部下のいない“部長特命”のポストを用意してもらいました。

 

私は移動先の部長とともに彼女に異動の話を伝えました。移動日は1週間後。彼女が取り乱すことを懸念して、部長2人で彼女と話をすることにしたのですが、それは杞憂に終わりました。彼女の表情からは感情が読み取れません。こちらの話を最後まで淡々と聞き終えました。私が質問を促しても、社命には従います、と一言。私は、恨み言のひとつも言われるものと覚悟していましたが、何とも掴みどころのない女性でした。

 

溜飲

中途採用者は即戦力を期待されるものですが、その力量は一緒に働いてみないことには見極めることができません。彼女は私の目から見て、部下を育成する能力も、組織をまとめて仕事を進める能力も無きに等しいものでした。何故彼女が役員面接まで通過して採用となったのか不思議でなりませんでした。

 

採用面接での印象と一緒に仕事をするようになってからの態度が期待と異なることはよくあります。入社希望者の善し悪しを判断するのは難しいのは確かですが、前職での仕事ぶりなどを何らかの方法で確認することができれば、少なくとも、組織に害となる人間を受け入れることだけは防げるのではないかと思いました。

 

彼女は新しい部署に異動して2か月も経たないうちに退職しました。結局、我が社での勤務は10か月にも満たない短い期間でした。私は、問題の種を他の部署に押し付けた負い目がありましたが、これでようやく胸のつかえが取れました。