和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

食欲と胃袋

食べ放題、飲み放題

若い頃は、食べたり飲んだりしてお腹が満たされると幸せな気分が味わえました。嫌なことがあった時に自棄食いや自棄酒に走るのは、健全なストレス解消法では無いのは分かりきっていることですが、当時の私としては、胃袋が一杯になれば心が安定すると無意識に信じ込んでいたのだと思います。

 

食事に“質より量”を求めると、たまの外食も食べ放題や飲み放題のお店を選ぶようになります。会社の同僚との飲み会も大概“飲み放題”の店を選びました。

 

制限時間内にどれだけ詰め込むか、品の無い言い方をすれば、“元が取れるか”を気にしながらの食事は、料理やお酒の味を楽しむよりも、量を競うゲームのようであり、私はいつしかその競技から脱落してしまいました。

 

牡蠣

誰にでも大好物があると思います。かつての私にとってそれは牡蠣でした。生のままでも鍋物にしても、魚介類の中では牡蠣を凌ぐものは無いと思うほどだったのですが、今の私は牡蠣を見るのも嫌になりました。

 

もう十年ほど前の話になりますが、海外駐在中、家族旅行でボストンに一週間ほど滞在したことがありました。

 

海辺の街のレストランではどこでも新鮮な魚介類を提供します。そこで私は連日夕食の最初に牡蠣を注文しては、白ワインを片手に海のミルクの味を堪能しました。恐らく、一度に口にした牡蠣は一ダースを下らなかったと思います。

 

しかし、それも四日目までで、その日の深夜に私は激しい腹痛と嘔吐に苦しみ、病院送りとなってしまいました。幸い、食中毒では無く消化不良が原因のようでしたが、それから旅行の最終日まで私はホテルの部屋で大人しく過ごすこととなりました。

 

その後、何度か家族との外食の際に、牡蠣がテーブルに並んだことはありましたが、私はその匂いを嗅いだだけであの夜の大変な経験が蘇り、口にすることが出来なくなりました。頭では食べたいと欲していても体が受けつけなくなってしまったのでした。妻はそんな私を、「一生分食べたのだから十分でしょ」と揶揄いました。どんなに好きな物でも、それを一生楽しみたいのであれば、ほどほどにしておくべきなのでしょう。

 

ところで、私たちの上の娘は、私と同じような失敗をスイカでやりました。中学生の時分に、スイカの食べ過ぎで、夜中に何度もトイレに駆け込んでから、スイカを食べたいと言わなくなりました。

 

似たもの親子であっても、食にまつわる恥ずかしい失敗まで親を真似なくてもと思います。

 

食欲と胃袋

年齢的なものなのでしょうが、最近の私は食事の量がめっきり減りました。どこか体の具合が悪いわけではありません。家族と食卓を囲んでいる時間が長くなった一方で、夕食時は女性陣に合わせて白米をあまり摂らなくなったことが大きな理由だと思います。

 

若い頃の私だったら決して満足出来ない量の食事でも、ゆっくりと家族との会話を楽しみながら箸を進めていると少ない量でも適当な満腹感を得ることが出来ます。

 

以前の我が家は、平日は比較的早く帰宅出来る妻が夕飯の支度をしてくれていました。当時の私は早く帰れることはあまり無かったので、家に着いたらかきこむように食事を済ませて、入浴して床に就くと言った具合でした。家族とすれ違いの生活だったわけではありませんでしたが、ゆっくりと落ち着いて会話を楽しむゆとりは無く、一日は忙しなく過ぎて行きました。

 

今は、夕飯時には家族全員が揃っている日の方が多く、私はキッチンに立ちながらその日の気分でメニュを決めて夕飯を作ります。家族と食卓を囲む時間を楽しめるようになったことで、食事が単なる胃袋を満たすためだけの行為では無くなりました。

 

食に対する欲が、量よりも質に変わったため、散歩程度の運動しかしていませんが、体重は在宅勤務開始以前よりも四キロほど減りました。

 

暴飲暴食とは縁を切った私ですが、食に関しての興味を失ったわけでは無く、今でも突然マイブームがやって来ると、しばらく同じ食材を使った料理が食卓に並ぶことになります。そんな私の性分を知っている家族は、ある程度は大目に見てくれますが、それにも限度があります。

 

昨年の冬から春にかけては、サツマイモがブームでした。これは元々、妻が治療の影響からか便秘気味だったので、お医者さんから繊維質を出来るだけ多く摂るようにとのアドバイスを受けて始めたものでした。

 

とは言え、焼き芋ばかりでは芸が無いので、サツマイモご飯や大学芋、甘煮などいろいろ工夫を凝らすようにしていたのですが、そのうちに私がサツマイモの虜になってしまいました。

 

サツマイモブームを強制終了したのは、妻や娘たちから、「牡蠣で懲りなかったのか」と叱られてためです。私にとっては一番堪える言葉です。

 

胃袋が食欲について来られないのは、私が身をもって体験したことでした。好きな物を長く楽しむには、度を越えてはいけませんね。