和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

仕事の出来ない人 (2)

f:id:lambamirstan:20191026045002j:plain

見切りをつけた人 (2)

多くの会社で、新卒を採用する際には筆記試験や数回に亘る面接を実施しますが、それを勝ち抜いてきた新入社員は、そこそこ“つぶ”が揃っているはずなのです。

 

それでも、ときたま“使い物にならない新人”が出てきてしまうのは、ほとんどの場合、指導する側にこそ、潜在能力のある人材を使えなくしてしまった責任があるのではないかと考えます。

 

入社して間もない新入社員に実務能力を期待するのは酷な話です。何事も知らなくて当たり前。本人に意欲があり、適切な指導者がいて、知らないことを気軽に尋ねられる職場であれば、新入社員の成長は期待を裏切るようなものにはならないはずです。

 

さて、私よりも先輩でありながら私の部下となったTさん。入社当初に先輩社員から「関わるな」と言われていたTさんとどのような関係になるのだろうかと、私は不安と期待が入り混じった気持ちを抱いていました。

 

Tさんの元上司数名と話をする機会がありましたが、総じて「扱いづらい」とか「協調性が無い」と言う評価でしたが、何が具体的に仕事に支障を来たしているのかとの質問には明確な答えはありませんでした。なんとも掴みどころの無い人物評でしたが、私が直接Tさんと話をしてみると、拍子抜けするくらいに“普通の人”でした。

 

私は、内心、Tさんがこれまでの処遇から、腐って投げやりな態度になっている、あるいは、上司に対して攻撃的な態度に出ることを想定していたのですが、それもありません。私は、Tさんがたった1度の小さな反乱を理由にここまで冷遇されることにむしろ違和感を覚えました。

 

Tさんが私の部に異動となった際、私の直属の上司である本部長からは、「(Tさんが)使えなければクビにしてもいいんだぞ」と無責任なことを言われたのを覚えています。役所からの天下りは、従業員を解雇することの意味が分かっておらず、また、Tさんの人となりを知りもせずに周囲からの寸評だけで先入観を抱いていたのでした。

 

さて、Tさんですが、職歴だけを見ると、いろいろなプロジェクトを渡り歩いて来ていることが分かりました。もし、この経験を活かすことが出来れば、実務面で大きな支えになることが期待できます。事実、当時の私の直属の部下は、就職氷河期で層が薄い年代の下に位置していました。能力はあるものの、経験年数の不足は否めませんでした。

 

ちょうどその頃、他社からの紹介で共同入札の話が舞い込んで来ました。案件の技術評価は手が足りていましたが、入札条件や法律関係の確認をする人間が足りていません。そこで、私はTさんをリーダーに、中堅・若手社員とチームを組ませて作業を行なうようにしました。Tさんとの最初の面談で、こちらが尋ねる前に、「この歳になって変な真似はしないので安心してください」と先回りした言葉をもらっていました。

 

上司からは、何かあったら責任を取れるのかと叱責を受けましたが、部内の人手不足の解決には最善の策でした。私はTさんを自分の直下に置いて特命担当とし、直接管理することにしました。

 

案件評価作業は3か月あまりを要し、結果としては残念ながら、頂いた提案を謝絶することにはなりましたが、データや資料の確認作業や法令関係の解釈作業はスムーズに行なうことが出来ました。評価チームの役割分担や進捗状況の把握など工程管理のほとんどをTさんに委ねていましたが、全く問題はありませんでした。一緒に作業を行なった同僚や課長からも不満は上がりませんでした。

 

この時の仕事でのリーダー役はTさんにとって初めてのまとめ役でしたが、それをそつなくこなせたのは、これまで携わってきた仕事をきちんとこなしてきた証左なのだと思いました。

 

ふたを開けてみれば、本当は仕事が出来るはずの人に仕事を任せていなかっただけの話でした。若かりし日の小さな反乱のせいでTさんには危険人物のレッテルが貼られてしまったのかもしれません。いずれにしても、歴代の上司たちはTさんを仕事から干し続けることを引き継いできたのでした。

 

一方のTさんは、職場で冷遇されても、周りの同僚の行なっている仕事を、直接携わることができなかったにしても把握していたのだと思います。それにしても、なぜTさんはそのような待遇に甘んじてきたのか。私には腑に落ちませんでした。

 

その年の期末面談。過去1年間の仕事の出来映えを確認し、本人のキャリアパスについて話し合いをする場でしたが、今後のこととなるとTさんが何を考えているのか見当がつきませんでした。

 

前年度の期末面談の記録を見ると、「将来希望する業務」や「伸ばしたいスキル」など、キャリア開発に関する項目は全て「特に無し」となっていました。また、「会社や部署に対する提言」も空白のままでした。上司コメント欄には、私の部署に異動する直前までの上司が所感を記していましたが、「新しいことにチャレンジするよりも、現在持っているスキルをさらに深めることが本人の意向と理解」との一文のみ。その下は大きな余白になっていました。

 

私からその点を問うと、Tさんは「会社には見切りをつけているので、仕事に対して何の希望もありません」と一言。しかし、その表情からは、会社に対しての怨念や諦観の感情は読み取れませんでした。(続く)