「詰め込む」から「引き出す」へ

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人材育成の“歩留まり”

例年、ゴールデンウィーク明けになると、新人研修を終えた新入社員が挨拶回りにやってきます。上司に連れられたリクルートスーツの若者の姿は初々しく、微笑ましいものです。

 

しかし、今は在宅勤務実施中と言うこともあり、本社に配属された新人の顔ぶれを知ることはできません。今年、私の部には新人の配属はありませんでしたが、新人を受け入れたそれぞれの部署は、その扱いに苦労していることでしょう。職場の雰囲気を伝えられないことに加え、オンラインでの指導は所詮座学でしかなく、実地での経験を積むことができないからです。

 

在宅勤務での新人育成はこれからの課題となりますが、それとは別に、毎年私が気にしているのは、入社した新人のうち何人が来年の今頃まで残っているかということです。

 

“残っている”とは、退職せずに会社に“残っている”という意味の他、戦力として“残っている”かどうかと言うことです。新人の中には配属先で見切りをつけられてしまう者が出てきます。これは新人に限ったことではありませんが、特に若いうちに“ダメ社員”のレッテルを貼られてしまうと、それが後々まで足かせになってしまいます。そして、本人のモチベーションが上がらなければ、スキルアップも望めません。異動先も限られてしまいます。

 

ところが、方々で“使えないやつ”と言われ続けていた社員の中には、最初の上司との折り合いが悪かったり、上の人間が使い切れなかったりして、本人に不利な風評が活躍の邪魔をしていると言う者がいるのです。

 

本来、社員ひとりひとりの力量や伸びしろを見抜いて適材適所を図るのは人事部の仕事なのですが、我が社の場合、どうもそのようにはなっていないようです。しばらく前に人事部のある社員と話をしている中で、“歩留まり”という言葉が出てきて驚いたことを覚えています。「毎年、優秀と思って採用しても必ず落ちこぼれるのが出てくる。採用は歩留まりを考えて行っている。」といった趣旨でした。

 

新入社員に対して“歩留まり”と言う言葉は如何なものかと思いますが、それはさておき、新人がどの部署に配属され誰と上下関係になるかは、人事部が把握していて然るべきところ。例えば、この上司の下に置いた社員は“ダメ出し”されることが多い、などと言う場合、ダメ出しされた社員だけでなく、その上司の方に問題は無かったかと言う点についても確認すべきなのですが、人事部はそこまで踏み込むつもりは無いようです。

 

ダメ社員は本人の責任?

兎角会社の中では、良い話よりも悪い話の方が早く伝わるようです。左遷、降格、懲戒・・・、そのような悪い話は尾ひれがついて社内を飛び交います。他人の不幸は蜜の味なのでしょう。

 

私も若い時に、当時の上司と折り合いが悪く、毎日のように言い争いを繰り返していました。もっとも、私としては、上司に個人的な恨みがあったわけでは無いので、どんなに嫌なことがあっても仕事と割り切って、翌日は何事もなかったかのように接していました。

 

しかし、あちらはそうではなかったようです。私のことを“生意気な若造”と方々で言いふらしていました。そのような評判は回りまわって私の耳に入ります。その頃には社内では私は「上司の指示に従わない扱いづらい若手社員」だということになっていたのです。若いうちは社内でのネットワークもそれほど広くなく、また、反論する場もありません。人の噂も七十五日とは言え、しばらくの間私は非常に居心地の悪さを感じながら仕事をしていました。

 

上司と部下は、ときに阿吽の呼吸で仕事ができる関係が持てることもあれば、どうしても馬が合わないということもあります。私も自分の部下とぶつかり合うことはこれまで何度もありました。夜遅くまで議論し部下を説得したり、時には反対に論破されてしまったこともあります。

 

しかし、いずれの時も部下に対する不平を外部に漏らすことはしませんでした。それは、社内では下の人間がどうしても弱い立場だからです。減点主義の組織の中で、上司のほんの一言で部下の人生が変わってしまう可能性もあるのです。

 

私の勤め先に限ったことではありませんが、社内で、「あいつは本当に使えない」とか、「あいつには手を焼いている」と言った噂が流れてきたときには、誰が上司かを確かめてみる必要があります。彼あるいは彼女を“ダメ社員”と呼んでいるのは誰なのか。そのような評判を垂れ流している方にも何か問題は無いのか。部下のことを「使えない」という上司に限って部下を使いきれていないことが往々にしてあるのです。

 

社員を輝かせる育て方

世の中、ひと昔前では考えられないほど人材の流動化が進んでいます。優秀な社員ほど、現状に満足できなければ、社外に活路を見出そうとする傾向にあります。新入社員は、入社した会社の雰囲気もさることながら、自分の同期がどのように扱われているのかを良く見ています。たまたま上司との折り合いが悪かった、あるいは、配属された職場に馴染めなかったというだけで、簡単に見切りをつけてしまうような会社であれば、自分もいつ同じ扱いを受けるか分かったものではない・・・と考えても不思議ではありません。

 

終身雇用が当たり前で転職が珍しい時代では、会社は社員に対して、「少しくらい厳しく扱っても、まさか辞めはしないだろう」程度に考えていたことでしょうが、時代は変わりました。

 

日本の企業の場合、新卒採用の社員はすぐには使い物になりません。それなりの育成期間が必要です。一方で、人材の流動化が進む中においては、いい加減な社員教育をしている会社では、有能な社員から社外に流出していきます。

 

これまでは、社員を育てるとは言っても、実際に会社がやっていることは、いろいろな部署を回らせてみて、“脱落しなかった人間”を上位のポジションに登用するというものでした。しかし、これからの会社は、社員ひとりひとりの個性や潜在能力を見極めた上で、それぞれの社員がどの分野で一番輝けるのかを最大限配慮する必要があるのではないでしょうか。そのためには、「知識を詰め込む」ことから「力を引き出す」ことにもっと注力すべきだと考えます。

 

・・・と、ここまで書いてきて、もしかしたら、そんなことは世間ではとっくの昔に常識になっているのではと不安になりました。いい意味でも悪い意味でも、私の勤め先は超がつくほどの保守的な社風なので、世の中の“普通”よりも周回遅れとなっているかもしれません。