和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

内緒の話(2)

仕事とプライベートの距離

社内の人間関係は昔と比べてドライになったと思います。仕事とプライベートの線引きをはっきりさせている社員が増えました。

 

以前、私がまだ社内のHR委員会の属していた頃、若手・中堅社員の社外流出の理由を上下関係の希薄さに求める委員がいましたが、上司や同僚との関係が良好であろうと無かろうと、会社自体に魅力を感じられなければ社員は辞めて行くのです。

 

若い社員にとっての上司はロールモデルであるべきなのでしょうが、そうで無くても、ハラスメント防止の対策がそれなりに整っている職場においては、部下に害を与える上司は目立たなくなりました。部下からすれば、必要以上に自分に寄ってこない上司の方が好まれるのではないかと想像します。

 

希薄と言う点では、今の若手・中堅社員は、会社に給料以外であまり依存しない生き方を志向しているような気がします。とりわけ、社宅や単身寮のような“村”は彼ら・彼女らにとっては不要になってきています。

 

私の勤め先では、数年前に二か所あった社宅も1か所に集約され、昨年は単身寮が閉鎖されました。これは、会社が福利厚生の見直しを行なったためでは無く、そもそも社宅への入居を希望する社員が激減した結果です。

 

社宅は周囲の相場よりも割安な家賃で住めるメリットはありますが、当然のことながら住む場所が決められてしまいます。今は多少住居費がかかっても、自分の望む場所に住みたい、あるいは、仕事を離れてまで会社の人間と顔を合わせたくないと考える社員が増えて来たのだと思います。

 

秘密が守れない病気

以前は、社員の住所録が配布され、誰がどこに住んでいるかが丸分かりでしたし、結婚や出産は社内報に掲載されました。回覧される訃報には死因まで書かれていました。今考えれば、社員やその家族のプライバシーなど無きに等しいものでしたが、個人情報保護法の施行などでプライバシーの重要性が高まるとともに、社員情報の取り扱いも変化しました。

 

今は、部内でも、お互いの住所や家族構成を知らない同僚が大半で、自ら進んで話をしない限り、こちらから根掘り葉掘りプライバシーに関わることを聞き出そうとするのはご法度です。

 

ひと昔前なら、部下や後輩を飲みに連れて行き、部下の悩みを聞き出して相談に乗るのも上司の仕事だと勘違いしている管理職が多くいました。しかし、真面目に悩みを打ち明けたところで、酔っ払いのアドバイスのほとんどは役に立ちません。むしろ、飲み会の席で盛り上がった他人の陰口と同じ扱いで部下の悩みや家族の話が社内で拡散することになります。

 

そんな時代を知っている私にとっては、社員のプライバシー保護に関しては今の職場は格段に改善されたと思っています。それでもなお、自分だけが知っている“ここだけの話”を開陳したがる人間が減らないのは、もはや病気の域に達しているのではと疑いたくなってしまうほどです。アルコールは本性を露わにすることを手助けするだけで、酒の席でつい口が緩んでしまったなどと言い訳をする人間は、もともと口の軽い人間なのです。

 

軽いプライバシー

かつて、噂話が広がる場は酒席や社員食堂でしたが、上司が部下を夜の街に引き連れる機会は減り、社員食堂はとっくの昔に廃止されたので、品の無い話題が蔓延することも少なくなりました。

 

ところが、今はメールやチャットが噂を流布する元凶になっています。伝播する速度や完全に削除できない記録となってしまう可能性を考えると、場合によっては当事者が深刻なダメージを被ることにもなります。もちろん、メールやチャットは道具であり、本当の元凶はそれを使う人間なのですが、ワンクリックで人の噂を広められる時代にあっては、プライバシーは随分と軽い扱いになってしまったのだと思います。

 

以前、会社の賞罰委員会で戒告処分を受けた社員がいました。彼女は同僚から聞いた噂話を別の同僚と共有することを楽しんでたのですが、あるメールの宛先を誤って発信してしまったため、誤送信された相手からの告発で諸々の噂を社内に広めていたことがばれてしまいました。

 

処分の理由は噂を広めたことでは無く、就業時間中に業務以外の目的でメールを発信していたことだったのですが、彼女が広めた噂が元で会社に居づらくなり退職を余儀なくされた社員がいたとの情報もあったので、“戒告処分”は軽いと言う意見もありました。

 

ところが、彼女と同様に様々な噂や特定の個人を誹謗する内容のメールを発信していた社員が、次から次へと“発見”され出しました。その中には幹部社員も含まれており、全員横並びで罰するとなると大事になるため、処分は有耶無耶になってしまいました。

 

人手不足と言いながら、社内に暇な人間がまだまだ残っているのは喜ばしいことなのかもしれませんが、それはさておき、特定の個人の尊厳に関わる内容を社内に喧伝することもハラスメントに該当すると考えれば、何らかの対策が必要なのですが、この手の“プライバシーの侵害”的なトラブルは、思い出したように繰り返されるようです。

 

私の会社では随分昔にそのことについて学んでいたはずなのですが、その教訓を活かすことが出来なかったとすれば、社内での知見の承継に問題があったことになります。(続く)