和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

ノンアルコールな人間関係

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飲み会に命を懸ける

昨年の年の瀬は、取引先との忘年会でカレンダーが埋まっていました。いつもの年であれば、酒席が続かないよう、“休肝日”を考えながら予定を組まなければならなかったのですが、今年、私の予定表の夜の部は真っ白です。社内に目を向けても、仕事納めの日に各部で行なっていた納会は禁止、忘年会も自粛となっています。

 

思うに、この一年近く、社内外の、親睦を言い訳にした飲み会の数は極端に減りましたが、それで何か仕事に支障が生じたかと言うと、何もありません。アフターファイブに酒を酌み交わすことが人間関係を円滑に進めるためには必要なこと、と言うのは幻想であり、無駄な時間だったことが分かりました。いや、そんなことはとっくに分かっていたことなのですが、このようなご時世になってようやく証明されたと言えます。

 

今やアルコールを嗜まない人の数も増え、“飲ませておけば機嫌が取れる”と言う発想は通用しないことは明らかなのですが、依然として、飲み会が人間関係の基本と勘違いしている昭和世代が存在するのも事実です。

 

もちろん、親しい間柄と食事を共にすることは楽しみのひとつなのでしょうが、一緒に食事をしさえすれば親近感が増す、あるいは、上司と部下の年齢の壁を越えた信頼関係が築ける、などと言うのものではありません。

 

それにしても、毎年、年末の – 年末だけに限らないのですが – 忘年会にあたかも命を懸けるかの如く張り切る人間がいます。目いっぱいスケジュール表を埋め、毎朝二日酔いであることを誇らしげに吹聴し、仕事が進まないことの言い訳を酒のせいにする社員がいましたが、今年は彼らにとっては、どんな年末になるのでしょうか。

 

飲み会奨励の勘違い

数年前から、私の勤め先では、若手・中堅社員の自己都合退職が増えつつあります。私が若手の頃は、部下が自己都合退職するようなことがあると、その上司に罰点がつきました。部下が会社を辞めたいと言った時には、何とか説得して思い止まらせるのが上司の仕事。そんな時代だったのです。

 

それが、若い人材が会社を後にすることが目立ち始めると、当時の社長は、幹部社員を前にこう言ったそうです。「お前たち、部下と飲みに行っているか?」

 

まるで、酒を飲ませれば、部下の悩みを聞き出せるような物言い。社長の本意はそこでは無いと信じたいのですが、あの頃の私はそう感じました。当時、私は直属の上司と反りが合わず、仕事の上でもギクシャクした関係でした。しかし、私は、会社勤めをしていれば、馬が合わない人間とも仕事をしなければならないことは分かっていたので、上司への当てつけに会社を辞めてやろうなどとは考えてもいませんでした。

 

ところが、上司の側は、社長からの一言や、部下を辞めさせてしまった場合の自分の査定が頭をかすめたのでしょう。ある時を境に、私への態度が急変しました。むしろ私は、それまでの、衝突し合いながらでも言いたいことを言い合い、仕事が終わればそれ以上束縛されることの無い距離感が良かったのです。

 

部下に対して見え見えの思いやりを示し、理解している素振りを見せることで、部下の上司に対する印象が変わると思っているのなら、それは大間違いなのです。当時の私にしても、今の若い人々にしても、上辺の親切や自らの保身のための気配りなど簡単に見透かすことができるのです。

 

思いを伝える機会

今年の春、私の同期が会社を辞めました。退職の理由は一言で言えば、上司との人間関係です。どこの会社でもそうなのかもしれませんが、仕事の責任は中間管理職にしわ寄せが来ます。その時、逃げずに事に当たる上司がいてくれればまだしも、大概の場合は、責任を押し付けるだけ押し付けて、自分は安全地帯に逃げ込む、と言う上司が多いことは残念ながら事実です。

 

上司との間で信頼関係が維持できないことは、仕事の大変さ以上に精神的な消耗を伴います。30年近く勤めてきた私の同期も、それで緊張の糸が切れてしまったのでした。

 

ステイホームの中で退職していった同期とは、たまたま出社した日に顔を合わせました。彼にとっての最終出勤日。今は使われなくなったカフェテラスの片隅で缶コーヒーだけの送別会となりました。彼が悔しがっていたのは、誰からも引き留めがなかったことでした。普通、退職を申し出た社員に対して、上司や人事部は引き留めをするものです。もちろん、本人の意思が固く、会社を去ることを止められないことが分かっていても、“引き留め”は、会社がその人間に示す最後の誠意だと思います。

 

若手・中堅社員の流出には戦々恐々とする一方で、人件費削減のためには中高年は減らしたいと言うのが会社の本音なのでしょう。しかし、長年勤めてきた社員に対して、例え建前であったとしても、気遣いのかけらも示せない会社は、いずれ、若手・中堅からもその正体を見透かされることになります。

 

膝を突き合わせて話す機会が少なくなりました。会社の懇親会も無くなりました。それでも、私たちにはお互いの気持ちを交換する手段があります。ノンアルコールでも食事無しでも、良好な人間関係を構築し維持することは可能です。大切なのは自分の思いを相手に伝えられるか、そして相手の思いを受け止められるかではないでしょうか。今私たちを取り巻くこの状況は、一緒の空気を吸える機会が少なくなった分、言葉を尽くして自分の思いを伝える方法を考える良い機会なのだと思います。