胡蝶の夢 (1)

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写真とビデオと記憶の整理

誰でも、日々仕事や家事に追われていると、落ち着いて物事を考えるゆとりが持てないと言うことがあると思います。

 

私の務め先では、通勤時間が減った分生活にゆとりが出来たと言う者がいる反面、在宅勤務で仕事とプライベートの境界が曖昧になったと言う者もいます。大部分は前者なのでしょうが、生真面目で仕事に妥協を許さないタイプは後者に陥ることが多いようです。もし、私が20歳若かったら、後者だったかもしれません。決して私が“生真面目で妥協を許さない”タイプだからではありません。それは、単に仕事癖がついてしまっていただけの話です。

 

当時の私は、自分自身を“忙しくさせて”しまい、自分のことや家族のことを落ち着いて考える時間も心の余裕もありませんでした。明日やればいい仕事も、「今日のうちに済ませてしまおう」と考えたり、先々のことに思いを巡らしたりすることで時間を費やしていました。それは、いつ急に忙しくなるか分からないことから、出来ることは出来るうちにやっておこうと言う心理が働いたためです。思うに、仕事などはいくらでも作り出せるもので、あれこれ考え始めると切りが無いのですが、私は何かに追われるように仕事をしていました。

 

帰宅してからも仕事のことが頭から離れません。疲れ果てて頭が回らなくなると、映画のDVDをぼーっと見るだけの無為な時間を過ごしたりもしていました。自分の心の中には、自分も家族もいませんでした。「仕事をしているか」、「仕事をしていないか」どちらかしかない状態が続いていたのです。そのように内省すること無く、時間に追われ、時間に流され生きていると、何も考えないのが当たり前のことだと錯覚してしまう、そこが習慣の恐ろしいところなのだと思います。

 

これが、精神的な谷間を彷徨っていた30代の頃の私です。以前、記事に書きましたが、その頃、体調不良により会社を2週間ほど休みました。休みの間、専業主夫として家事に勤しんだり、家族と夜の散歩を楽しんだりしながら、徐々に調子を取り戻していったのですが、その時ショックだったことは、家族との想い出がすっぽりと記憶から抜け落ちていたことでした。

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家族旅行の時にはビデオや写真をたくさん撮り溜めしていたのですが、それらを見返してみても、自分がそこにいたことを思い出すことが出来ませんでした。そのことは家族には話していません。折角の家族旅行の良い思い出を汚すことになってしまうからです。

 

ところが、この年末年始に古い写真を引っ張り出して、家族と共に旅行の思い出話をしていると、ふと、当時の光景が頭に浮かびました。それは、完全な記憶の呼び戻しからは程遠いものなのですが、断片的ではあるものの、鮮明な記憶が映像となって蘇ってきたのでした。

 

楽しい思い出の封印解除

ある年の成人の日の連休に家族で南伊豆に出かけたことがありました。レンタカーを借りての2泊3日の小旅行です。忙しかった私に代わって、妻が宿やレンタカーの手配、旅の準備までしてくれました。

 

さて、こういう時に限って起こるトラブルは決まっています。出発日の前日、予想外の仕事が入り、私は徹夜での対応を迫られました。不思議とその時の記憶ははっきりとしていて、徹夜明けに最寄りの駅近くのレンタカー店で車を借りたことは覚えています。しかし、その後の記憶からは、目的地までの道中のことや、宿での食事、立ち寄り先、帰宅してからレンタカーを返却したことまで完全に消えていました。

 

ところが、この年末年始に写真やビデオの整理をしている最中に、その時の情景を思い出すことができたのです。

 

それは、宿泊先の旅館への道中に立ち寄ったいちご狩りの農園でのことでした。ベビーカーから下の娘を下ろし、胸に抱えながらいちご狩りを楽しんでいる自分がいたこと、そして、甘く酸味の利いたいちごの食感。確かに私は家族で旅行を楽しんでいたのでした。

 

私は今まで、あの精神的に不安定だった2年余りの間の記憶は、欠落したままなのだと諦めていました。しかし、ふとした瞬間に、ほんの一部分でも鮮明な思い出を呼び戻せたことに胸を撫で下ろしました。感激とか喜びでは無く、今まで家族に申し訳ないと思っていた気持ちが軽くなった安堵が湧き上がってきたのでした。

 

これは、私のような素人の後知恵でしかないのですが、精神的に抑うつの状態にある時は、無意識のうちに「楽しんではいけない」とか「喜んでいる場合では無い」と言うような心のブレーキが働くのではないかと思いました。実際には、楽しい思い出が記憶に残らないのではなく、封印されているだけだったのではないか。心が緊迫状態から解放されれば、辛い時期の“楽しかった思い出”も呼び覚まされるのではないかと考えました。

 

これまで私は古いアルバムやビデオを整理することに気乗りしていませんでしたが、これからは、リラックスしながら、かつての楽しかった出来事を振り返り、思い出探しをしてみようと思うようになりました。(続く)