家族の一員とは?

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今夜の月は?

私がまだ30代半ばの頃、仕事の悩みから、死んだら楽になるだろうと思ったことがありました。

 

当時、会社に寝泊まりすることも多く、家に帰るのは2~3日おきに着替えを取りに行くときだけでした。帰宅しても、シャワーを浴びて仮眠を取ってまた会社へ、という繰り返しですから、家族の団らんどころか、夫婦の会話もほとんど無い状態です。

 

そんな生活が半年近く続いたのですが、ある日、着替えを取りに帰宅する途中の駅で、自ら命を絶つことが頭をよぎり、すぐに我に返ったのでした。ほんの一瞬の出来事でしたが、自分がそんな恐ろしいことを考えるとは思いもしませんでした。

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今から振り返ると、そんな状態で仕事をするくらいなら、いっそのこと会社を辞めてしまえば良かったのですが、当時の私としては仕事に対してまだ達成感を得ることができず、退社する踏ん切りがつかなかったのだと思います。

 

その後、体調を崩した私は“戦線離脱”しました。3月半ばから月末までの約2週間、会社を休むことになりました。最初の3~4日は何のやる気も出ず、朝遅く布団から這い出すと、食べるかテレビを眺めるかしかしていませんでした。何をするにも億劫な気がして、体を動かそうという気力が湧いてきませんでした。じっと黙っていた妻もそんな状態の夫を放っておくわけにもいかず、私を外に連れ出そうとします。私は平日の昼間から出歩き、誰かに見られることが嫌でした。

 

結局、私と妻は“妥協して”夜の散歩に出ることにしました。夕食を終え、片づけを済ますと、2人の娘を連れて外に出ます。まだ肌寒さの残る季節。街灯の下の桜も堅いつぼみをつけたままです。事情を知らない娘たちは夜の散歩に興味津々。馴染みの近所の風景も日が暮れた後は違った顔を見せます。

 

親子の散歩など遠い昔のことのようでした。妻と私で娘2人を間に手をつないで歩いていると、子供たちが独り立ちするまでは頑張らなくてはという思いが湧き起こってきました。見上げると雲の合間から月が顔を出しています。これまで会社の行き帰りに街路樹を眺めたり、月を愛でたりしたことがあっただろうか。そんなちょっとしたことを楽しむ余裕すら私には無かったのだと思います。

 

次の日から休暇が終わるまで、私は「専業主夫」に徹しました。妻にはゆっくりしてもらって、炊事、洗濯、掃除をやり、娘たちと遊びに出かけ、予想外に忙しい日々を送りました。楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。

 

職場復帰の日を迎え、また慌ただしい日が戻ってきました。“連日の徹夜残業”は人事部から禁止されたものの、それでも忙しいことに変わりはありません。せっかく家族団らんを楽しんだのも束の間、妻とも何となくギクシャクした関係に戻ってしまいました。この時の私はまだ反省が足りなかったのです。本当に家族のことを大切にしなければいけないと心の底から思うようになるまでには、さらに半年近く待たなければなりませんでした。

 

家族にとっての自分

食事・排泄・睡眠以外は仕事のことばかり。家事にも育児にも参加しない。それで家族とともに暮らしている充実感は得られるでしょうか。

 

確かに大きなプロジェクトを成し遂げる、昇任・昇格するなど、仕事での達成感を得ることも大事でしょうし、それを仕事の励みにしている人も多いと思います。しかし、仕事に入れ込み過ぎるあまり、家族を置き去りにしているということは無いでしょうか。

 

私はその点、2つの幸運に恵まれました。

 

1つ目は長女の誕生です。当時海外駐在中だった私たち夫婦は、それぞれの両親からのサポートも無かったので、出産・子育ては自分たちで何とかせざるを得ませんでした。もちろん、それを覚悟の上での海外駐在でした。

 

彼の地では、父親は出産に立ち会うのが当たり前。通常分娩なら出産後48時間で退院、帝王切開でも72時間で退院させられます。妻は帝王切開での出産だったので、長女を産んだ3日後には自宅に戻っていました。娘はまだ臍の緒をつけたままです。

 

そんな状態でしたので、私は在宅勤務で約1か月、妻と娘の面倒を見ることになりました。術後、すぐには動き回れない妻に代わり、にわか専業主夫が食事の支度、娘の入浴、おむつ替えを全て行いました。当時はそれこそ無我夢中の毎日でしたが、今思うと、日々成長していく我が子の面倒を見ることができたというのは掛け替えのない貴重な経験でした。

 

今でこそ、私の勤め先では育児休暇制度がありますが、当時は妻の出産の際の“特別休暇”はわずか3日。在宅勤務も公には認められていませんでしたが、現地の従業員が私のために所長に掛け合って認めてもらったものです。

 

もう1つの幸運は、家族が一番大切な存在であると早く気づくことができたことです。妻にとって、また、娘たちにとって、夫であり父親である私と言う存在は唯一無二。誰かに代わってもらえるものではありません。それに気づいた時、これからの自分の人生において、何を大切にするべきかがようやく分かりました。

 

自分は家族の一員か?

そんな都合の良い話はあるはずがない。外で夕飯を済ませてきた方が妻も気が楽なはず。土日も自分は家にいない方が家族も喜ぶはず。子育ては妻の方が向いているはず・・・。自分が勝手にそう思い込んでいませんか? もし本当なら、家族にとってあなたはATMでしかありません。

 

奥さんと一緒にキッチンに立ってみる。料理が出来なくても奥さんの手伝いはできます。洗い物担当から始めるのも手です。週末は念入りな掃除や、買い物の手伝いは如何ですか。子育て。子供に母乳を与えるのは母親の特権ですが、それを除けば、父親が子育てに参加するチャンスはいくらでもあります。入浴、おむつ替え、夜泣きの面倒。

 

いくらでも家族のために貢献できるのです。仕事が忙しくてたっぷり時間を費やすことができない。それでもいいのかもしれません。忙しいなりに“小さな貢献”を積み重ねることが、あなたが家族から頼りにされることにつながるのだと思います。