体の悲鳴を聞き逃すな
つい徹夜して本を読み切ってしまった、という経験をお持ちの方も多いはず。自分の好きなことに没頭しているときは、時間の経つのも忘れてしまい、疲れることも知らずに何時間も集中し続けられます。
では、会社の仕事はどうでしょうか。時が経つのも忘れて没頭してしまった。気がついたら朝だった。達成感で身も踊るような喜びを感じた・・・という仕事に巡り合えたとしたら、それは会社員冥利に尽きるとも言えそうですが、現実はそのようなことはまずないのでは、と思います。
私もかつて、役所相手の仕事をしていたとき、膨大な資料を数日間徹夜で作らされたことがありました。会社の近くのビジネスホテルに部屋を確保して、明け方にシャワーを浴びて少しだけ仮眠してまた出社というのを何日か続けていると、記憶が飛んだり人の会話が理解できない、という状態になります。不謹慎な話ですが、あの時、よく死ななかったと思います。
また、仕事のストレスは業務量だけではありません。あるいはそれ以上にストレスの要因となっているのは人間関係ではないでしょうか。特に昔は、上司の指示は絶対という時代でした。私も上司に口答えをして「(仕事を)干す」とか「(閑職に)飛ばす」などと脅されることがしばしばありました。自分では神経は太い方だと自負していましたが、そのようなことが繰り返されるとやはり体に変調を来たします。
私の場合、体の変調は円形脱毛症として現れました。家でうたた寝をしていたときに、妻が私の後頭部に十円禿を見つけました。翌日、会社の健康管理室で症状を見てもらうと、すぐに人事部の課長がその場に来て、最近の勤務状況を説明させられました。私がありのままを話すと、間もなく私は人事部付に異動となって、それから半年ほどあまり負荷がかからないような仕事を任されるようになりました。しかし、当時の上司は全くお咎め無し。今だったら完全にパワハラ上司確定ですが、“良き時代”に救われた格好です。
ストレスから来る体の異変は人それぞれ現れ方が違います。胃腸が悪くなったり、頭が痛くなったり、私のように円形脱毛症になったり。それでも私は、目に見える形で体が警告を発してくれただけ良かったと思っています。一番恐ろしいのは、目に見えない形でストレスが蓄積し心の病になってしまうことです。
ひと昔前では、仕事のミスの連発や、遅刻、無断欠勤は、本人の怠慢で片づけられていました。症状が深刻化して、医師の診察結果が出されて“病気”と認定されるまでは、会社は真剣に対応しませんでした。しかし、そうなってからでは、職場復帰も難しくなってしまいます。また、病気になってしまうと、一定の休職期間は設けられていたとしても、会社が面倒を見てくれるのはそこまでです。
したがって、自分の体は自分で守るしかありません。目に見える症状であれば、すぐに病院で診察してもらう。目に見える体の異変が無くても、仕事に集中出来なくなったり、出社したくない気持ちが強くなるなど、わずかな兆候があれば、躊躇なく専門医に相談することが最善の自己防衛だと思います。
なお、私の勤め先では、数年前からメンタルヘルスのケアに注力してきています。毎年1回の職場環境アンケート実施や、専門医へのホットダイヤル(匿名での相談)を設け、社員のストレスによる“戦線離脱”を未然に防ぐ取り組みを行っています。また、社員のうつ症状がみられた場合、かなり初期の段階でも一定期間休職させ、その後、時短勤務など職場復帰支援を積極的に行うようになっており、大分世間に追いついてきたような気がします。
「人に相談することは恥」ではない
体に変調を来たしたら病院に行くというのが自己防衛手段であることに間違いはないのですが、できればそうなる前に何とかしたいものです。体がおかしくなるのは、ある一定の期間ストレスに晒されることが原因であるならば、業務上あるいは人間関係上のストレスを感じる状態となったときに、自分のことをよく知っていて信頼できる誰かに相談することが事が深刻化する前にできる予防策ではないかと思います。
業務量を減らしたり、部署を異動することによってストレスから逃れられるのであれば、それに越したことはないのですが、時としてそのような相談をすることは、査定に響くのではないかとか、今後やりがいのある仕事を任せてもらえなくなるのではないか、などと余計な心配をする方もいるかもしれません。しかし、自分の健康と査定や昇進を比べたら、自分の健康の方が大切だということを知っておいてもらいたいと思います。
また、「信頼できる誰か」は本来直属の上司であるべきですが、上司との人間関係がストレスの原因であるならば、人事部や会社によっては健康管理室(医務室)などが相談相手として最適でしょう。
「逃げたら負け」ではない
就職して間もない若い人が自ら命を絶ってしまったというニュースが後を絶ちません。会社を辞めるという選択肢があるはずなのに、何故死を選んでしまったのか。会社を辞めるということを思いつく余裕もないほど追い込まれてしまったのか。有望な人材を死に追いやってしまった会社は何をしていたのか。残念という言葉で片づけられる話ではありません。
家の中で何かに火がついた時、自分で消火しようと頑張っているうちに火に包まれて死んでしまったら元も子もありません。ましてや、火が消せないと分かり、その場で立ち尽くすなんてあり得ません。火が消せないと分かったら逃げるのです。
社内に相談できそうな相手もなく、迷っているうちに身も心もおかしくなりそうだと感じたら、会社を辞めてしまうのが最善の策です。生真面目な人に限って、自分がそこまで追い込まれていても、自分が辞めたら同僚に迷惑がかかるのではないか、とか、今仕掛中の仕事はどうなるのか、などと悩んだりします。しかし、残された同僚や途中の仕事などどうでもいいのです。自分の体を第一に考えることです。