和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

メンタルケアの自己責任

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境界を彷徨う心

去る3月に、ある若手社員が精神的なストレスからしばらく休みを取っていました。産業医や専門医は、彼を病気休職にするよう提言しましたが、早期に職場復帰したいとの本人の希望もあり、会社もそれに同意したため、残りの有給休暇を全て消化して休むこととし、“休暇明け”の状態を見て職場復帰の可否を判断することになりました。

 

私はその直後に休業に入ってしまったので、この件をフォロー出来ていませんでしたが、金曜日に所用で出社すると、オフィスで彼とばったり出くわし、奇しくも私の職場復帰日である6月1日に彼も復帰を果たしていたことを知りました。

 

緊急事態宣言下、出社率は2割にも満たず、私の部署で出社している者は数えるほどでした。その中で彼は、ワークステーションの前で黙々と作業をしていました。声を掛けると彼は、「ご心配をおかけしました」と頭を下げました。マスク越しにその表情は掴み切れませんでしたが、体が一回り小さくなった感じを受けました。仕事が在宅では出来ない類のものなので、復帰以来毎日出社していると言います。ところが、彼を指揮監督する人間は出社していない様子でした。

 

素人の私が判断することでは無いのは承知しているものの、彼の表情から体調が万全なのか不安を覚えました。私はすでに部下の管理の任に無いため、彼の処遇について口出しする立場ではありませんでしたが、彼の上司である課長に私の受けた印象をメールすると、すぐに返信が来て、少し話がしたいと言ってきました。

 

応接室に場所を変えて、リモートで課長と話が出来ました。冒頭、課長は私に途中経過を連絡していなかったことを詫びました。私はもう管理職では無いので、そんなことに文句を言うつもりでメールを送ったのでは無く、“病み上がり”の社員をオフィスで独りにさせておくことの是非を問うたつもりでした。

 

一瞬、課長の顔に不快な表情が浮かびました。元上司であるものの今は一兵卒。口出しする立場に無い私が口出ししたことを面倒臭いと思ったのだと理解しました。私は彼が再び体調不良にならないようにケアすべきと忠告し、それ以上は何も言いませんでした。

 

仕事に没頭している彼に声をかけようとして思い留まりました。状態を把握していない人間の不用意な言葉で、かえって本人の心を重くしてしまうこともあるからです。

 

私は自分自身、心的ストレスが原因で戦線離脱したことがあります。また、部下や同僚にも病気休職を体験した者がおります。無事に復職出来た者がいる反面、退職に追い込まれた者や休職と復帰を繰り返している者が少なからずいることを考えると、健康と不調の境界を彷徨っているまま、無理に職場復帰してしまう(させてしまう)ケースが多いのだと思います。

 

自分の墓穴を掘る

かつては鬱などを理由に休職すると、そのまま退職になってしまう社員の方が多く、職場復帰出来た社員は稀でした。私の勤め先に限っての話かもしれませんが、会社はその後、社員のメンタルケアに重きを置くようになり、専門医の指導の下、心因性の病で休職した社員の職場復帰を積極的にサポートするようになりました。

 

ところが、復帰者を受け入れる側の上司や同僚の、病気に対する理解は進んでいるのかと言うと、必ずしも断言できないのが現状です。また聞きの話ではありますが、一緒に仕事をしていた同僚が、休職中の分を挽回するように復帰者を“励ました”ところ、再び変調を来たした例や、役員の中には、「これだけ休んだのだからもう十分だろう」と、病気休職をバカンスと混同しているのではないかと疑いたくなる言葉を吐かれたと言う話も聞きます。

 

ことの真偽はともかく、心の病を患った社員を、職場に適合出来ないひ弱な人間と見る上役がまだまだ多いのは確かです。大人数では決してありませんが、一定の割合の社員が変調を来たしていると言うことは、職場環境や仕事の進め方にも問題があるのでは、と考えるのが普通ではないかと思います。

 

会社は病気の社員の職場復帰をサポートしてくれます。私が若い頃よりも手厚いサポートだと思います。それでも、会社は社員の一生を面倒見てくれるわけではありません。また、会社のサポート制度が充実していても、業務過多や職場の人間関係など様々な理由で心が折れてしまうことだってあります。

 

会社のため、上司に評価してもらうためと粉骨砕身して尽くした仕事が、実は自分の墓穴を掘っていたと言うこともあり得る話です。

 

自分の心と体を守るのは自分の責任です。人任せにすることは出来ません。体を壊してしまっては元も子も無いのですから。一生を棒に振る結果につながる可能性だってあるのです。