和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

在宅勤務の逃げ場 (2)

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心の悲鳴を聞く

風邪で熱がある時に無理やり出社しても、パフォーマンスが上がらずに、かえって風邪をこじらせてしまう - 若い時の私は、そのようなバカなことをしていました。しかし、当時は、“風邪ぐらいで”会社を休むなど弛んでいると考える風潮が強い時代でした。もし、“足がすくんで会社に行けない”と弱音を吐けば、「会社は幼稚園や小学校じゃない」、「気持ちが弛んでいる」と非難されたことでしょう。

 

そのような中、うつ病で休職するのはかなり病状が進んでからとなってしまうので、職場復帰する社員は稀でした。また、会社による休職者への復帰サポートが確立しておらず、適切なケアも無かったと思います。ある私の先輩は、うつ病で休職中にアルコール依存症になってしまい、職場復帰の道を完全に閉ざされてしまいました。

 

それに比べると、今はうつ病に対する社内の受け止め方も変わってきており、症状が深刻にならないうちに適切な対応を取るようになってきています。

 

私も入社から30代半ばの間に、2回、それぞれ2週間ほど会社を休みました。私の場合は、精神的に不安定になると円形脱毛症になるようで、医師から勧められるままに休暇を取って体をリフレッシュすることが出来ました。

 

うつ症状が気づかないうちに進行してしまうことに比べれば、円形脱毛症になったり、胃潰瘍片頭痛などの体調不良が現れたりする方が、体の悲鳴を察することができるだけマシなのかもしれません。そのような明らかな体の変調が無いと、本人ですら心の不調を気分の問題と片づけてしまい、うつ症状の進行を見逃してしまうことにもなりかねません。

 

心を休ませるためには

仕事が手につかない様子のA君。指導役の中堅社員の話では、ここ数日、A君に任せていた仕事はほとんど進んでいないとのことでした。

 

何度か簡単なメールのやり取りの後、私はA君とオンラインで話をする機会を得ました。私の部長時代の仕事にかこつけて、A君に簡単な調べものを頼む振りをしたのですが、彼からは前向きな返答はありませんでした。もちろん、これは想定内の反応でしたが、何よりもモニターの向こう側の彼の表情が乏しいのが気になりました。愛想笑いすら浮かべる余裕も無く、話す言葉に感情がこもっていません。

 

A君は、手掛けている仕事で大きなミスをしてしまい、その後れを取り戻すことで頭が一杯であることや、遅れを挽回しなければならないのに目の前の仕事に集中できないことを説明しました。そのため、今は他の仕事を受ける余裕が無いと言います。

 

聞くと、在宅勤務中、自分の犯したミスのことが忘れられず、仕事が手につかず、パソコンの前に座っているだけで時間が過ぎてしまうようです。

 

A君はこれまでの担当業務では良い評価を得てきていたので、年明けから取り組んできた仕事の結果がミスだらけでは凹んでしまうのも無理もありません。しかも、ほぼ全面的にやり直さなければならないほどのミスは、彼にとって初めての挫折だったのでしょう。「仕事のミスは誰にでもあること」と考えるのは、失敗を乗り越えてきた人のセリフです。失敗経験をほとんどしたことが無い社員が大きなミスを犯すと、そのダメージは思いの他大きいものになります。

 

最近の若手が打たれ弱いのでは無く、適度な失敗経験や軽いストレスのかかる仕事をさせていないことも原因なのかもしれません。

 

考えてみると、A君はベテラン社員の行なってきた仕事をいきなり引き継いだわけで、最初から難易度の高い業務は切り離して、中堅社員が分担すべきだったのかもしれません。そしてA君の仕事ぶりを見ながら徐々に難易度を上げていくこともできたはずです。若手社員には荷が重い仕事を任されたにも拘らず、A君は失態の原因を全て自分の能力不足に帰してしまい、思い悩んでいたのです。

 

私は話題を変えました。食事はきちんと摂れているか。夜眠れるか。家族との時間は取れているか。食欲はあまり無く、夜も眠りが浅いと言います。A君には、奥さんとこの春から幼稚園に上がる男の子がいますが、最近は食事の時間も合わず、自ずと家族との時間や会話が少なくなっているようです。

 

A君に有給休暇の残日数を聞くと、3月一杯休んでも大丈夫な日数がありました。私はA君に今月末まで休むことを提案しました。年明けから通しで働き続けたので、ここで一旦気持ちの切り替えが必要なこと、やりかけの仕事は残りの部員で対応できることを話し、まずはリフレッシュしてお子さんの入園準備を進めるように言いました。そして、休みの間に産業医と面談するように伝えました。

 

ストレスの原因が仕事そのものの場合、在宅勤務では逃げ場を見つけるのは容易いことではありません。少し乱暴な言い方かもしれませんが、私は、本人から仕事を取り上げる以外、休息の場を与えることはできないと思ったのです。

 

A君はこのタイミングで産業医と話をすることに抵抗を感じていたようでした。こればかりは強制すべきことではありませんでしたが、A君には、私の経験から早めに専門家に相談に乗ってもらった方が良いと説きました。

 

A君は3月1日から長めの春休みに入りました。奥さんにも説得されたようで、本日(3月2日)産業医との面談を行ない、日を改めてカウンセリングを受けることを決めたようです。夕方、彼から報告を受け、私の気も楽になりました。私はA君に、春休み中は仕事関係のメールは見ないで家族との時間を楽しむように伝えました。