顔のない集団
私は転職経験がないので、自分の勤め先を見て「会社とはこういうもの」と理解しようとするしかありませんでした。
しかし、その狭い世界は、ひょっとしたら世間一般からすると“ズレていて”、標準的ではないのかもしれません。
私が過去の記事で度々触れている“社内の人材不足”は、元をたどれば就職氷河期の採用抑制が要因なのですが、それと相まって、会社の予想を超えた人材流出を食い止められずにいることが一層の拍車をかけています。入社年次によっては生え抜き社員がゼロの年もあります。
人材不足を補うためのキャリア採用は開始から十余年経ちます。管理職でもキャリア採用組が目立ち始め、中堅・若手社員は世代によってはキャリア採用組が多数派になっているかもしれません。
人材流出が止まらず、キャリア採用を増やしていけば、早晩会社はキャリア採用組主体の会社になります。人材の流出と流入は、組織の活性化につながるメリットもあるのでしょうが、あまりにドラスティックな入れ替えが行われれば、代々受け継がれるはずの社風や企業文化を含めた、会社の“らしさ”が希釈されることになり、一体感を失った顔のない集団になってしまいます。
会社の存在理由
主要分野での行き詰まりを打破するため、会社は後発の分野への参入を試みています。
会社の存続のために新たな事業に打って出る – 聞こえは素敵ですが、後発参入での成功は簡単なことではありません。勝ち目があるかも分かりません。
主軸としてきた事業に見切りをつけてしまった会社の存在理由とは何なのだろうと、最近私はそんなことをぼんやりと考えることがあります。
会社には達成すべきミッションがあって、それが存続するための理由になると私は考えていました。社の存続自体が目的になってしまい、そのための後付けのミッションを模索するのは、すでに存在理由を失っているのと同じことのような気がします。