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穴の開いたバケツ

穴の開いたバケツ

私の勤め先での人手不足の話は尽きませんが、先日人事部から部長以上の管理職に内々に伝えられた要請は、会社の現状を如実に表していると思いました。

 

 それは、自己都合で退職した元社員を呼び戻す“活動”についてでした。それぞれの社員の伝手を使って、元社員で“復帰”を希望する者がいれば優先的に中途採用試験を受けてもらうと言うものでしたが、そのような安易な“キャンペーン”が功を奏するとは私には信じられません。

 

私がこれまで接して来た自己都合退職者のほとんどは、会社の将来性や自身への処遇に不満を抱いたことがきっかけで転職を考えています。現状に不満が無ければそもそも転職を考えることもありません。

 

今でこそ無くなりましたが、一時期、会社は退職願を出した社員を人事部在籍にして仕事を干すことを平気でして来ました。表向きの理由は「機密情報の漏洩防止」でしたが、傍から見れば退職者に対する嫌がらせにしか映りませんでした。

 

それまでは、退職者の多くは、残される同僚に迷惑が掛からないように可能な限り前広に退職することを公にして引継ぎに努めていましたが、会社による冷遇を目の当たりにして、それ以降の退職者に関しては、就業規則に定める通知期間は遵守するものの、十分な引継ぎ期間を置かずに会社を去ることが多くなりました。

 

果たして、退職者をそのように扱って来た会社に戻りたいと願う者がどれほどいるのでしょうか。また、そのような事情を知っている旧知の人間が、元社員を会社に呼び戻すことに協力することなど、どれだけ都合良く解釈したとしても、期待する方が無理な話です。

 

私も会社を去って行った元部下の何人かとは連絡し合うことがありますが、彼ら・彼女らが苦境に立っているようなことでもない限り、会社に戻って来るように働きかけることは無いでしょう。

 

いずれにせよ、人材流出の主な原因とその対策を講じないままに、採用面の梃入れをするだけでは何の解決にもなりません。それにも拘らず、会社は依然として見たくないものから目を背け、穴の開いたバケツに水を汲み続けようとしています。

 

夢を語れない組織

会社の喫緊の課題は、層が薄い40代から30代半ばの社員数を補充することですが、中途採用活動は思うように進んでいません。進んでいないどころか、人材流出が止まらないために会社が必要とする年代層は絶えてしまいそうな状況です。

 

就職氷河期は、私が入社した数年後から始まりました。私の勤め先も十年余りの間、新卒の採用を抑えてきました。会社は、採用を抑制した年代は必要に応じて中途採用で補充すると考えていたのでしょうが、就職氷河期の代は実務経験者の供給量が少ないために売り手優位になっています。

 

優秀な人材の取り合いに勝つためには、他よりも良い条件を提示しなければなりませんが、そうなると社内の同じ年代とのバランスが崩れてしまいます。

 

そして、層の薄い年代に属する社員は、自分の“市場価値”に気づくと、より良い条件を求め始めます。

 

「より良い条件」。 私は決して給与や福利厚生が充実していることだけが好条件とは思いません。私が就職活動をしていた頃でさえ、周囲を見渡しても、給料の高低だけで就職先を決める同期はいませんでした。もちろん、お金は大事ですが、それと同じくらいに自分が希望する会社や業界の将来性、働き甲斐を重視していたと思います。

 

翻って、今の私の勤め先に、就活生や転職希望者を惹きつけるものがあるかと問われると、私は答えに躊躇してしまいます。

 

業績は低迷しているとは言え、まだ会社は利益を生み出しています。しかし、それは先人が残した遺産で食いつないでいるに過ぎず、このままでは先細りしていくのは目に見えています。将来の夢を語れない組織が有能な人材を集めることなど出来ません。

 

そのように事業は縮小傾向にあるにも拘らず、方々から人手が足りないと言う声が絶えることはありません。同じ人手不足でも、右肩上がりで猫の手も借りたいと言う状況とは異なります。会社は今光明の見えないトンネルを進み続けているのです。

 

昨日も、一時期仕事で一緒になった後輩社員から退職の挨拶メールが届きました。正に就職氷河期に入社した大切な人材ですが、彼女は8月末で会社を去ります。

 

若手・中堅社員の退職の知らせを聞いても、私は驚かなくなりました。自分が長年勤めた会社から、後を託すはずの後進が次々に転職して行くのは歯痒く思う反面、その現実を冷静に受け止めるしかありません。

 

私の中で、去って行く後輩社員の新天地での活躍を祈る気持ちが湧いて来るのですが、むしろそれが自然なのではないかと思っています。苦労を共にした同僚や後輩が成功している姿を見られれば、自分も幸せな気分を味わうことが出来ます。

 

会社は社員をどれだけ大切に扱ってきたのか。働き手のモチベーションは勝手に湧いてくることはありません。社員の意欲を掻き立てるような、魅力ある活躍の場を創ることをせず、去って行く人間に非を押しつけて来たツケが今回ってきているのだと思います。