和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

部下は腫物

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ホワイト企業であり続けたい

どこの企業でも、採用担当部署は優秀な人材を確保することが至上命題となっています。終身雇用制度が維持され、転職が今ほど盛んでなかった時代には、“人材の確保”は採用することに主眼が置かれ、人材流出への対応は二の次でした。

 

しかし、今の世の中、就活生や転職希望者の就職先・転職先に対する理想像の変化に伴い、受け入れ側である企業も変化を求められています。私が就職活動を行っていた30年ほど前、就職先を決める際にはその会社で骨を埋める覚悟を持てるかということを基準にしていました。

 

翻って、現在の就活生や若い世代の社員にとっては、一生同じ会社に勤めるというのは最早古い考え方で、キャリアアップして、機会があれば転職してでも自分に相応しい仕事を見つけるという意識が高まってきているようです。

 

他方、買い手側としては、優秀な人材を集めるために今まで以上に企業イメージに気を遣わなければならない状況になっています。世間からいわゆる“ホワイト企業”と見られ、そのイメージを維持するための対応がそれです。

 

しかも、従来の広報活動はマスコミ対策が主でしたが、インターネットやSNSの普及とともに、それら拡散力の高いメディアへの対応にも気を抜けなくなりました。特に後者については、直接的には情報の潜在的発信者である社員が対象であり、これを間違えると企業イメージを毀損することにもなりかねませんので、会社としては以前にも増して従業員、特に若手・中堅社員の満足度には気をかけているのが現状です。

 

若手のご機嫌を窺う

かつては、私の会社の採用担当部署でも文字通り“採用”のことだけを考えていればよかったのですが、最近になってようやく、優秀な人材を繋ぎとめるための方策を講じ始めました。これは、ここ数年の間に、若手・中堅社員の自己都合退職が増加したことも影響しています。

 

本来、人事担当部署は、適正な人員配置や個々の社員のスキルアップなど、会社全体の生産性を最大限高めるために動くべきところ、私の勤め先では何を勘違いしたのか、若手社員に受けが良さそうな方策を優先して実施してしまいました。まるで若手・中堅社員を腫物扱いしているかのようです。

 

その結果、一般社員の就業環境は格段に改善されました。現在、一般の社員に割り当てられる業務は、余裕を持って就業時間内に完了できるようなボリュームになっています。したがって、余程段取りが悪くなければ、ほぼ終業時刻には退社できるようになっています。アフターファイブの予定も入れやすくなり、一般社員の評判も上々です。

 

しかし、会社の仕事が減ったわけではありません。若手・中堅社員の退職増や、残業をほぼゼロにした分のしわ寄せは管理職に全て回ってくることになります。私の部では、仕事の負荷が偏らないように業務分担を決めているので、繁忙期には若手社員にも一定の範囲で時間外の仕事を頼んでいます。しかし、別の部署では、若手に残業を指示するとパワハラだと言い出すのではないかと、必要以上に神経質になっている部長もいて、その部署では、部課長が夜遅くまで黙々と仕事をこなしています。終業時刻後、ある時間を過ぎると、閑散としたオフィスの中、残っているのは幹部社員ばかり。しかも、私も含めこの顔ぶれはかつて若い時に決まって残業していた面々とほぼ同じなのです。何か悪い夢を見ているようです。

 

また、若手・中堅社員の中には、自身のスキルアップのためなら超過勤務も厭わないと訴える“奇特な”者も少なからず存在するのですが、一部の社員を特別扱いすることもできず、会社の方針ということで、早く退社するよう促しています。とは言え、やる気のある者の気概をそぐ虞があることも事実です。

 

このような、幹部社員に過負荷がかかる異常な事態に対し、案の定多くの部署から人事担当部署にクレームが寄せられましたが、一旦“改善”した一般社員の待遇を元に戻すわけには行かず、また人員の補充もままならない中、この問題はまだ解決していません。

 

火中の栗を拾う者無し

社員にとって働きやすい環境を整えることは世の趨勢でもあり、企業としても努力を惜しむべきではありません。しかしながら、業務の棚卸しや(それを受けての)人員の再配置・増員を抜きにして、一般社員の残業ゼロを謳うことは、管理職の疲弊を招くことになります。

 

業務分担の“歪み”が露見していないのは、偏に管理職がしわ寄せを吸収しているからです。なぜそれが可能かというと、今の管理職は若手の頃からある程度の過重労働に対する耐性ができているからです。

 

私は、「だから、今の若手や中堅社員も時間外労働をすべきだ」と言っているわけではありません。それでは、過去の悪習の繰り返しになってしまいます。しかし、現状を放置していると、いずれ、若手・中堅社員が管理職になったときに、過負荷に耐性のない人間にそれを強いることになることは目に見えています。

 

優秀な人材を確保するためには、企業イメージが大切なことは言うまでもありませんが、対外的に“ホワイト企業”として認めてもらいたいがために、若手・中堅社員のご機嫌だけを窺い、会社全体の生産性の維持・向上を後回しにするというのは本末転倒な話です。会社は管理職が火中の栗を拾うことなど期待してはならないのです。