和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

異動拒否

打診

先週、部長に呼ばれ、関連会社への出向の打診がありました。関連会社であろうと本社であろうと管理職の職責は大して変わりません。私が管理職を降りたのは、職責を全うすることと家族との時間を大切にすることの両立ができないと判断したからでした。

 

また三年前のような働き方ができるのか、私には自信がありませんし、当時のような働き方に戻りたいと願う気持ちも湧いて来ません。自分自身が穏やかな心を持ち続け、家族と向き合える状態を維持することが私の望みであり、今、私はその望みどおりに過ごしています。

 

部長は私が断ることを予想していながらも、“人事部からの要請で”異動の打診をしたのだと言いました。そして、私は部長の話を“予想どおりに”断りました。

 

私は前任者として今の部長との引継ぎの際に、妻の病状や私自身の考えを率直に伝えていました。その時、彼は“状況が変われば”、また私に活躍の場を用意すると言いましたが、そのような社交辞令は私の心には刺さらず、くすぐられるプライドも持ち合わせていませんでした。

 

活躍の場は望まない

部長とのそんなやりとりがあった後、間髪入れずに人事部の担当課長が私に連絡を寄越してきました。帰宅の電車に揺られる私は、「今日中に話がしたい」というそのメールを無視するわけにもいかず、一つ前の駅で下車して家路に向かいながら彼の携帯電話を鳴らしました。

 

キャリア採用の担当課長は饒舌でした。私は彼の名前は知っていましたが、話をするのはこれが初めてでした。しかし、彼もよくあるタイプの、言葉のキャッチボールができない人間なのだと分かりました。こちらが言葉を差し挟む間を与えたら負けと言わんばかりに、私の元上司の推薦があったことや手当が増えることなどを畳みかけるように話し続けました。

 

私はひととおり彼に話させた後、「有難い話」だと前置きした上で、当面、今の働き方を変えたくないことを伝えました。人事部の人間ですから細々した事情は承知しているはずです。彼はまだ話を続けようとしていましたが、私は、必要であれば人事部長と直接話をすると告げて電話を切りました。

 

気がつけば家の近所までたどり着いていました。もし、私が強引にでも妻にセカンドオピニオンを受けさせていたら – タラレバの話は何度考えてもタラレバです。しかし、私は死ぬまで妻に対して申し訳ない気持ちを、口には出さずとも頭の片隅に留めたまま生きていくことになります。私にとって、その気持ちが変わり再び活躍の場を望むような状況が訪れることはありません。