料理の味付け
食べ物の好みや料理の味付けは育ってきた環境によって左右されます。妻と付き合い始めて、初めて彼女の手料理を口にした時、私にはとても淡泊に感じられました。
せっかく作ってくれた料理にケチをつけることはしませんでしたが、妻は私の表情を読み取ったのでしょう。彼女が物心つく前に父親が胃がんを患い、以来、実家の食事は薄味になり彼女の舌もそれに慣れてしまった、というような話を聞かせてくれました。そう言えば、ご飯の炊き方も私にとってはかなり柔らかめでした。
結婚してからは私も料理を作るようになりましたが、妻からは味付けをもう少し控え目にするように頼まれました。
料理の味付けを急に変えるのは意外に難しいものです。味見をして薄味に仕上げたつもりでも、妻からは「まだしょっぱい」と言われる始末。妻の味覚は敏感でした。
結局、しばらく時間をかけて、私は薄味に慣れるよう、妻は多少濃い目の味に慣れるように努めた結果が我が家の料理の味付けとして落ち着きました。
病院食はバランス食
妻が抗がん剤の投与を開始する直前に、病院で食事指導を受けました。主治医の先生や栄養士さんからは、とにかく“バランス良く”、“規則正しく”食事を摂るように言われました。私は聞きかじりで乳製品など一部の食材は避けなければならないと思い込んでいましたが、がん患者ゆえのNG食材というものはなく、偏った食事にならないように気を付けることの方が大事だと知りました。
その点、栄養士さんからは、我が家の食事では野菜や根菜が不足気味との指摘を受けました。それ以来、野菜や根菜を意識して摂るようになりましたが、毎食、生野菜では飽きてしまうので、温野菜にしたり野菜炒めにしたりと、工夫は欠かせません。ドレッシングもオリーブオイルやごま油を使うようにしてマンネリにならないようにしています。
食事指導の際に、栄養士さんから食事のレシピをいくつか渡されました。病院食は味気ないものという先入観があったのですが、渡されたレシピのとおりにいくつか料理を作ってみたところ、一人前の分量が少なめなだけで、味付けは特段薄味とは思いませんでした。
最初のうちは、妻の食事だけを分けて作っていましたが、一人分だけを分けて調理するのは手間がかかり過ぎるので、しばらくして、妻の食事メニューを四人分作ることにしました。
今では、たまの“チートデー”は別にして、家族四人で“病院食”を楽しんでいます。“病院食”という言い方は良くありませんね。バランスの取れた食事は、病気療養中の人のためだけではなく、健康を維持するためにも適したものだと思います。私はそのお陰で、三年間で十キロあまりの減量に成功し、便秘がちだった上の娘の悩みも解消されました。
料理は奥が深く、私の知らない発見がまだ多く残されているのでしょう。それを少しずつ掘り起こす楽しみがささやかな生きがいです。