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老後の前のハッピーアワー

価値の変質 (2)

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根回しの達人と廊下トンビ

管理職に求められるものは調整能力。私の先輩から何度も言われた言葉です。仕事は部下に任せて、自分は担当している案件に“けち”がつかないよう、社内調整を抜かりなく進めることに専念する。

 

先輩が言わんとしていることは理解できました。事実、私が若い頃の管理職は根回しの上手な人が多かったと思います。根回しが上手かったから管理職になれた、と言った方が適しているのかもしれません。

 

当時、諸々の案件の承認・否認を決するのは、常任役員会でした。管理職は、役員会の前に各役員を回り、余計な質問が出ないように事前説明方々、案件を承認してもらうように働きかけることが習わしとなっていました。

 

案件を多く抱える部署の部長などは、自席に座っているよりも、役員フロアの廊下を行ったり来たりしている時間の方が長いこともありました。誰かがそれを揶揄して、「廊下トンビ」などと言っていました。

 

根回しの達人と廊下トンビ。それも今は昔。ある時、とある新任の役員が根回しの不適切さを訴え、役員会で正々堂々と議論を尽くすべきと主張しました。

 

この正論に異を唱える役員はおらず、実質、根回し禁止となりました。おかげで役員会の長時間化や多数の否決案件の発生など、社内承認のプロセスが混乱する結果となりました。

 

ともあれ、今となっては旧式の根回しが通用せず、役員に取り入って何とか案件を進めようなどと考える社員もいなくなりました。

 

他方、実務を任せられる中堅社員以下が不足していることから、幹部社員には、調整機能だけでなく、実務能力も求められるようになりました。かつての、実務を部下に任せ調整役に専念するタイプの管理職は、終業チャイムとともに夜の街に繰り出し、取引先との接待に勤しんだものですが、バブル後の緊縮傾向や時勢から、今や毎晩接待で忙しいと言う管理職は皆無となりました。

 

それと引き換えに、休日出勤する管理職が増えました。一般社員に残業をさせない代わりに、仕事のしわ寄せを一手に引き受けざるを得ない管理職が増えたためです。今、現役の管理職の多くは、若い頃は毎日残業させられ、ようやく管理職になったと思ったら、部下の負担を軽減するために、再び残業漬けにならざるを得ないと言う、損な役回りをさせられているのです。

 

失われた魅力

私の勤め先に管理職として転職した人々の多くは、自分の思い描いていた管理職像とのギャップに悩み、長続きせずに会社を去って行きました。人手不足を幹部社員の“サービス残業”だけで穴埋めするような対処療法がいつまでも続けられるはずも無く、いずれ疲弊し機能しなくなることは目に見えています。経営陣の無策のつけ、その先送りで“ババ”を引くのは誰なのでしょうか。

 

管理職に対する会社の期待が変われば、働く側から見て、管理職になること - 言い方を変えると、社内での地位が上がること - の価値も変わります。

 

管理職はそのポジションに応じたそれなりの給料をもらっており、労働時間はその裁量で自己管理することになっています。一日何時間働くかは任せる、会社にいる時間が短くても構わないから結果を持ってこい、と言うものです。逆に言えば、結果を出すためには、平日深夜でも、土日祝日でも仕事をしなければならないのです。もちろん、残業代は払われません。

 

管理職になれば、確かに給料は上がり、手当もつき、権限も増えます。しかし、その代償としての自分の時間や心理的な負担を考えると、“割に合う”仕事と言えるか疑問です。

 

身を粉にして働いた結果、病気になっても、職場復帰できないほどに体を壊しても、会社が一生面倒を見てくれるわけではありません。そのようなリスクを考え、出世に価値を見出さない社員は増える傾向にあります。

 

自分の価値、自分にとっての価値

人との関わりの中で自分が期待されているというのは大きな励みになります。ところが、期待されることと利用されることは似ているようで大きく違います。

 

人を利用しようとする者は、言葉巧みに相手の自尊心をくすぐります。その言葉が真に期待から出たものなのか、使い捨ての道具へ向けられたものなのか、それを判断するのは自分自身です。

 

「期待されているのだから」と、自分を犠牲にして努力した先に待っているものは何なのか。利用価値が無くなったら捨てられる、などと言うことが無いよう、自分の置かれている立場、自分の価値を見極めることは大切です。

 

それと同時に、労力や時間を注ぎ込んでいるものが、自分にとって価値あるものなのかを考えること。これも大切なことです。生活を送るための収入源としての仕事。今年のような状況になれば、勤め先に対する依存度は高まる傾向にあると思います。しかし、このような時期だからこそ、自分が価値を見出せるものを考えることが必要だと思います。

 

仕事が生きがいと言う人ばかりでは無いはずです。自分にとって大切なものを見失わないようにしたいものです。