和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

価値の変質 (1)

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転職氷河期

組織の中にいて役職がそれなりに上がってくると、自分は会社に認められている、自分には能力がある、と自信を深めることになるのでしょうが、全て自分の力で勝ち取ったものとは限りません。会社の人事は業務能力以外の運・不運にも大きく左右されるからです。会社の中での昇格のスピードや役職は、その組織の中だけの話であり、自分自身の商品価値とは別物です。これを間違えると、自己評価としての自身の商品価値と、人材を求めている転職候補先の期待との間でミスマッチが起こることになります。

 

転職する際に、いわゆる“潰しが利く”か否か - 身に着けた知見や能力を別の分野で活かせるか否か - は、働いている業種によって様々です。同じ“長”のつく役職でも、会社によってそのポジションに期待する資質は異なり、また、同じような名前の職種でも会社が想定している守備範囲や主要業務はまちまちです。自分のこれまで積み上げてきた経験や地位が別の会社で通用するとは限らないのです。

 

私の勤め先は業界自体が小さく、別の業種への転職を目指しても、この業界ならではの知見はほとんど役に立ちません。ここ数年、若手・中堅の社員が転職していったのは、労働市場流動性に依るところが大きく、これから先は、今までのように転職先をすぐに見つけられるという状況には無いと思われます。

 

中高年ともなると事態は益々厳しくなります。これはどの業界でも同じですが、割高の人件費がかかる中高年は余程の能力や経験が無ければ転職先は見つからないでしょう。ましてや“最低でもこれまでの年収は確保したい”という希望など、夢のまた夢です。

 

最近、航空会社のキャビンアテンダントが、全くの異業種に出向して働いていることがニュースになりましたが、そのような受け皿があるところは恵まれていると言えます。コロナ禍の影響で大きなダメージを受けた業界からは、今後多くの余剰人員が吐き出されることになるでしょう。彼ら・彼女らの引受先はどれだけ残されているのでしょうか。

 

私の会社は、幸いにしてコロナ禍とは直接的に関わりの無い業界に属していますが、ビジネスモデル自体が旧式であり、先人の築いた遺産を食い潰しながら何とか続いている状態です。社内では、コロナ禍で苦しんでいる業界を他人事のように憐れんでいる者がいますが、自分の置かれている状況を真剣に考えれば、他所のことを心配している場合では無いのです。すでに斜陽に差し掛かっている業界で、会社業務を通して自己の商品価値を高める機会に恵まれない社員は、転職氷河期族の予備軍であることを知っておくべきなのです。

 

勘違いの自己評価

先に触れたとおり、私の会社は世の景気・不景気とは別の浮き沈みのある業種であるため、良く言えば超安定型、悪く言うと、好景気下でもそれに便乗して業績を上げることがしにくいビジネスです。

 

かつて半官半民だった会社で、今でも役所からの天下りが経営陣に送り込まれてきていることから、関係先からぞんざいに扱われることはありませんが、これもいつまで続くかは分かりません。いわゆる一流商社との取引があるのも、会社そのものがそのような大手企業と堂々と比肩できているからではないのですが、社員の中には勘違いしている者が - 特に若手・中堅社員は - 多く存在します。

 

私は部下に対して、決して自分を卑下する必要は無いものの、過大評価することの危うさを事あるごとに説いてきました。特に就職氷河期を経験してきた世代は、運の良さでは無く、自分の力を過信しがちです。

 

もちろん、彼ら・彼女らは、バブル期にあまり苦労せずに就職先を見つけられた私たちの世代とは異なります。仕事も良く出来て勉強熱心です。しかし、狭き門を潜り抜けて就職出来たと言う過去の話をいつまでも引き摺っていては、自分の商品価値を見誤ってしまうことになります。

 

また、どんなに能力があっても、時世によってはスキルアップ型の転職機会に恵まれない時期もあります。その時々の状況を見極めることもせず、古くなってしまった情報や、先に転職に成功した者の自慢話を羨んで、次は自分の番などと思っていたら全く状況が変わってしまっていた、と言うこともあるわけです。

 

正に、今年がそのような年でした。会社に顔を出せば、好むと好まざるとに関わらず、様々な情報に接することが出来ますが、在宅勤務が増えると、自分の置かれている状況が把握しにくくなります。相談相手がいない社員は、会社の現況がなかなか伝わってこず、悶々と過ごしている者もいるでしょう。事実、仕事の経験値を高めることが出来ないと愚痴をこぼす者もいました。

 

もちろん、会社関係先との交渉や折衝、入札のため業務、企業買収のためのDue Diligenceなどは机上の勉強だけではスキルとして身につかないこともあるでしょう。しかし、一方で、語学や資格などの勉強は独学でも何とか進めることが可能です。

 

在宅勤務により、時間外の勤務が大幅に減ることになりました。自分のプライベートな時間が増えたと言うことは、自己啓発のための時間を増やせることにもなります。この時間を有効に活用できれば、自身の商品価値を高めることにつながるはずです。

 

私自身、会社員人生の中で今年は特別な一年でした。若い人々に対して、「こうすればうまく行く」などと言う、経験に裏打ちされたアドバイスなど最早通用する世の中では無くなりました。少なくとも、メンバーシップ型の就業形態の範疇で転職を志向するのは、ますます時代にそぐわなくなってきたと言えそうです。(続く)