和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

日曜日の憂鬱

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真面目過ぎると務まらない

会社の仕事は大抵チームで行います。誰かのミスを別の誰かが防いだり、挽回したりしながら仕事は進んで行きます。もちろん、商品の売り込みなど、個人でノルマをこなさなければならない職種もあるでしょうが、自分の営業成績が振るわなかったからといって、それだけで会社が傾いてしまうということはまず無いでしょう。

 

だからと言って、全て人を頼りにして良いというわけではありませんが、逆に自分だけで抱え込んでしまうのも、褒められたものではありません。

 

もう、10年以上前、私がまだ課長職の時に、とても真面目な部下がいました。任された仕事は完璧に仕上げないと気が済まない、そのためには時間を惜しまず全力投球するというタイプでしたが、正直、私は彼が苦手でした。何故なら、私がいい加減な性格だからです。会議や説明会などの準備に際しては、部下であるその男から細かな指摘を受け、どちらが上司か分からないといった感じでした。とは言え、彼の指摘はほとんど的を射たものでしたので、私としても反論できませんでした。

 

そんな感じで、しばらくコンビで仕事をしていたのですが、ある時、当時の担当役員に酷く絞られたことがありました。その役員、昔から感情の起伏が激しく、私はそのことを知っていたので、「また始まった」程度にしか受け止めていませんでした。稟議書の中のたったひとつの誤字を見つけたことが発端でしたが、こちらの言い訳が気に食わなかったのか、企画そのものにケチをつけ始めたのでした。私が強く抵抗すると、その役員は私たちの見ている前でその稟議書を破り捨てました。

 

私としては、そんなことは気にするようなことではなかったのですが、真面目人間の部下にはショックが大きかったようです。書類の不備などはよくある話。誤字を見つけられなかったのは私の責任であり、またその上の部長の責任でもあるので、彼だけが気に病むことでは無いはずでしたが、融通の利かない真面目人間としては、それでは済まされなかったようです。それから彼は、自分の仕事に一層の完璧さを求めるようになりました。しかし、全てを完璧にこなす人間など存在しないのです。それを彼は認めることができなかったのです。私はこれでは彼の体が持たないと不安を感じました。

 

そして、壊れる

やがて定期異動の時期となり、彼は社内監査を行う部門に移ることとなりました。コツコツ緻密な仕事が得意な男なので、私としては彼に打って付けの仕事だと思いました。

 

ところが、数か月ほどして、私は異動先の彼の上司から、彼が会社を辞めたがっているという話を聞きました。

 

社内監査の仕事は、地道な作業の繰り返しです。監査対象となる部署から事前に情報を取り寄せ、周到な準備を行った上で、丸1日かけて実査を行います。そして、問題個所を抽出し、監査対象の部署に対して改善事項を伝達します。地味な仕事である反面、前職に比べてプレッシャーは少ないはずと思ったのですが、どうやら彼は監査を完璧に行えないことに大きな悩みを感じているようでした。

 

毎週月曜日、彼の遅刻は常態化しました。5分や10分の遅刻であればまだ大目に見ることもできましたが、それが酷くなり昼前にようやく出社するようになると、上司としても黙っているわけには行きません。それまでも定時出社するよう彼に注意してきた上司でしたが、改めて強い口調で彼を窘めたところ、彼から仕事を辞めたいと言われたそうです。

 

私はその日の午後に彼を会社のカフェテラスに呼び出しました。昼休みが終われば、人気が無くなり静かに話ができる場所でした。久しぶりに見る彼の顔は生気がありません。私は彼を一目見て、しばらく休みを取った方がいいと感じました。

 

彼は、自分がイメージしたとおりに仕事ができないこと、毎週日曜日になると次の週の仕事が気になり夜はほとんど一睡もできず、朝は布団から出られず、という状態が続いていると言いました。ただ単にさぼり癖というものではなさそうです。私は余計なこととは知りながら、そのまま彼を医務室に連れて行き看護師に彼を託しました。

 

仕事をする上で真面目さは必要かもしれませんが、度を越した真面目さは自分の身を滅ぼしかねません。何事も中庸が大事です。その後、彼が休職したこと、専門医によるカウンセリングを受けていることを耳にしましたが、1年ほどして、彼からメールで会社を辞めて家業を継ぐという報告を受けました。彼の「日曜日の憂鬱」がこれで終わりを告げたのであれば、それが一番だと思いました。

 

時にはいい加減さも必要

最近ではあまり耳にしませんが、私と同じ50代の方なら、サザエさん症候群という言葉を覚えていると思います。今でも日曜日の夕方に放送されているサザエさんですが、放映時刻になると休日の終わりを実感するとともに、次の週が始まることを嫌でも思い出さされ憂鬱になってしまうというものです。

 

かつて私が北米に駐在していたときは、週明けに同僚と顔を合わせると、わざと浮かない顔をして、朝の挨拶の後に“Gloomy Monday again”などと付け加えたりしました。「また月曜日か、気が滅入るね」

 

週の始まりが憂鬱というのは万国共通みたいです。特に、前の週に仕事が思いどおりに捗らなかったときや、次の週に持ち越した仕事があるときなどは、週明けに出社したらやらなければならないことの段取りを考えるだけで気分が沈んでしまいます。私も若い時分はそうでした。

 

取引先との折衝、社内会議の準備など、週跨ぎの仕事はいつものこと。また、トラブルや失敗を上司に報告しないまま週末を迎えた時など、どのタイミングで報告するかを考え始めると悶々として眠れないこともありました。

 

しかし、約30年会社生活を続けてきて分かったことは、なるようにしかならないということです。悩んでいても、忘れていても、月曜日の朝はやって来ます。今は、“日曜日の夜にできることは何も無い”と割り切って自分の時間を楽しむことにしています。