親友恐怖症

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親友恐怖症

親友は必要だと言う人がいます。確かに、退職後の人生を考えると、社会とのつながりを保つことは大事です。私も、会社以外の様々な分野で知人を増やしておくことは必要だと思っています。

 

ただし、自分の内面をさらけ出せる存在は、妻を除いて、必要無いと考えています。何でも打ち明けられて、相談し合えて、お互いを理解している存在を親友と呼ぶとしたら、私の親友は妻だけです。

 

それ以外、私には親友と呼べる存在がおりません。一緒に飲みに行ったりする仲間はいます。楽しく語り合える友達もいます。しかし、より親しくなろうと近づいてきてくれる人に対しては、心の壁を作って必要以上に親密になることを避けてしまいます。親友という関係になることを恐れているのです。

 

親友に騙された話

中学2年生のとき、Aと知り合いました。クラスは別々でしたが、同じ趣味を持っていることを知り、それ以来、仲のいい友人になりました。高校、大学とそれぞれ別の進路を歩みましたが、それでも交友関係は続きました。お互いに悩み事を打ち明け、何でも相談できる存在。Aは私の唯一無二の親友でした。

 

Aと私、二人揃って大学受験に失敗し、1年間浪人生活を送りました。私は親との折り合いが悪かったため、高校卒業と同時に独り暮らしを始めました。地元から少し離れたところのアパートを選び、部屋にはテレビなども置かず、受験勉強に専念できるようにしました。少しでも学費の足しにということで、昼はアルバイト、夜は受験勉強という生活だったので、Aとは顔を合わせることも無く浪人生活を過ごしました。

 

翌春、2人は無事にそれぞれの志望校に合格。Aも大学の近くで独り暮らしを始めました。4月のとある日曜日、まだ肌寒い、きれいに晴れ渡った日でした。私は、Aに誘われて彼のアパートに遊びに行きました。最寄りの駅までAに迎えに来てもらい、徒歩でアパートに向かいます。Aから、今日は大学の先輩も遊びに来ていることを聞かされました。

 

部屋に上がると、そこには私たちよりやや年上の、男子学生3名と女子学生2人が正座をして、気味が悪いほどの笑顔で私を迎え入れました。6畳一間、隅に古ぼけた小さな仏壇が置かれているだけの殺風景な部屋でした。

 

お互いに自己紹介を終えると、一番年上と思われる男子学生が、今日私に会えることを大変楽しみにしていたと言いました。Aから私の人柄を聞いていて、思った通りの好青年だと歯の浮くようなお世辞を並べます。他の学生もそれに調子を合わせます。そして、他愛もない話がしばらく続いた後、実は大切な話を聞いてもらいたいのだと言い出しました。褒められて嬉しいはずの私でしたが、自分でも顔が強張るのを感じました。Aの引っ越し祝いのはずなのに、話が妙な方向に進んでいます。

 

男子学生は私のことを良く知っていました。親と折り合いが悪く独り暮らしをしていること、父親の事業のこと。全て私がAに話したことです。そして、今抱えているトラブルは信仰によって解決されるというようなことを言い始めます。

 

どれだけ鈍い人間でもこれが宗教の勧誘であることに気づかないはずはありません。私は相手の話を遮り、どんなに説得されても入信するつもりはないことを伝えましたが、相手もそう簡単には引き下がりません。向こうは、他の学生も代わる代わる彼らの信じている宗教が如何に素晴らしいか、各々のエピソードを交えながら話すのですが、私の考えは変わりません。

 

部屋を訪れてからかなりの時間が経っていました。何も飲まずにいたため喉がカラカラでしたが、自分でも不思議なくらい冷静でした。私を迎え入れた学生たちの顔からも笑顔が消えて、私を“落とそうと”必死の形相に変わっています。おそらく、私が観念するまでこの状態が続くのだと思いました。Aは私の横に座っていたので、その表情は分かりませんでしたが、私と学生たちとのやり取りの間、一言も言葉を発しませんでした。

 

私は、断ってからトイレの場所を聞いて6畳間を出ました。Aの部屋に上がってすぐに6畳間に案内されたので部屋全体の間取りが分からなかったのですが、玄関の脇がキッチン、その反対がユニットバスになっていました。私は用を足すつもりだったのですが、そこで気が変わりました。

 

一旦ユニットバスの扉を開け閉めして音を立ててから玄関に戻り、音を立てないよう靴を履き、呼吸を整えて一気に部屋を飛び出ました。後ろは振り向きません。土地勘が無いので駅の方向は分かりませんでしたが、とにかく車の音が聞こえる方に走り続けました。すっかり日が落ちた閑静な住宅に、私の靴音だけが響きます。

 

ようやく大通りに出てコンビニを見つけ、飲み物を買い、駅の道順を確認しました。店員は駅まで10分もかからないと言っていましたが、私にはとても長い時間に感じられました。Aに貸そうと本を入れていたバッグを部屋に置き忘れてきたことに気づきました。

 

Aが私のことを親友だと思い、自分の信仰している宗教に私を入信させようとしたのか、あるいは、宗教団体のノルマをこなそうとしていたのかは分かりません。私はAが何を信じていようと、法に触れない限り干渉するつもりはありませんでしたが、私の意思を確認せずに、半ば騙す形で部屋に連れて来たこと、また、私のプライベートなことを見ず知らずの人間に話していたことがとてもショックでした。

 

誰も信じられなくなること

さて、その後の話。当時は携帯電話など普及していない時代です。私の部屋の電話は留守電機能が無く、在宅中しか電話を取ることができません。そのような事情もあり、あの件からしばらくAとは連絡を取っていませんでした。数週間後、あちらから電話がかかって来て、私が置いてきたバッグを返したいというので、JRのとある駅の改札で待ち合わせをしました。

 

約束の時間よりも少し遅れて到着したAは開口一番、あの日のことを詫び、これからも親友でいてほしいと乞いました。しかし私はAの言葉を受け入れることができませんでした。Aに絶交を宣言し、2度と連絡してくるなと言い放ち背中を向けました。Aとはそれ以来1度も顔を合わせていません。

 

信頼関係が強ければ強いほど、それが壊れた時のダメージは大きくなります。私にとって親友と思っていた男に騙された経験はトラウマになりました。親友で無くなった瞬間に、共有してきた時間と思い出が汚らわしく感じました。こちらが信頼を寄せていた相手にいつか裏切られるかもしれない。そう思うと、もう誰とも必要以上に親しい間柄にはなれなくなってしまいました。

 

私の残りの人生で、これから親友と呼べる存在が現れるのかは分かりません。まずは私が変わらなければならないことは承知しているのですが、その一歩が未だ踏み出せずにいます。

裏切られるくらいなら、最初から親しくならない方がいいと、心の声が囁いています。