和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

幸せレース(1)

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家が欲しい!

会社勤めをしていると、同僚がいくら給料をもらっているかは、その年齢からおおよそ察しがつきます。特に私の勤め先のような、依然年功制度が残っているような会社の場合、同年齢だともらえる給料はほとんど差がつきません。それでも、周りの人間の羽振りの良し悪しが気になって仕方がないという者が少なからず存在します。ましてや社宅住まいともなると隣近所の暮らしぶりが余計気になり、また、虚栄心も頭をもたげます。

 

私たち家族は約5年前に海外駐在から帰国し、それから約2年間社宅におりました。社宅の居住者は20代から40代前半までで占められており、私のような当時50歳に手が届く社員で、子供の年齢も他の居住者と離れていると、親子ともに近所付き合いというものはほとんどありませんでした。

 

当時の私の部下Yは30歳半ばで、私が帰国した当時の部では係長的なポジションに就いていました。彼も社宅住まいでしたが、社宅では顔を合わす機会も無かったので、会社の面談の際に家族構成や今後の仕事に関する希望を聞いていました。

 

Yの家族は、うちの会社の元社員で同年齢の奥さん、小学1年生の男の子と幼稚園の年少組の女の子の2人。Y曰く、本社での仕事の進め方に馴染めないため、チャンスがあれば海外に駐在したいとのこと。「本社での仕事に馴染めない」というのは良く耳にする話です。また、駐在経験者から体験談を耳にすることがあれば、海外事務所での仕事の自由度に憧れるのも理解できます。

 

私は、Yの子供の年齢であれば、数年海外で暮らしても日本での進学に支障はないと考え、機会が巡ってくれば家族帯同での駐在をサポートすることを約束しました。

 

すると、Yから意外な言葉を聞かされました。駐在は単身で行きたい。近々家を買いたいと考えており、また、今の生活レベルを維持するために海外勤務で給料を稼ぎたい・・・というのが本心とのことでした。家を買うために出稼ぎする、というのは何ともストレートな動機です。

 

聞くと、最近の傾向として、社宅入居者は30代半ばには退去していくようです。社宅の退去年齢は今時珍しく大分高いので、30代半ばに退去するというのはかなり早い方です。どうやら、今の若い世代としては、煩わしい社宅内の付き合いを避け、また、年代物のみすぼらしい建物から一刻も早く出ていきたいということのようです。

 

家を買って引っ越していく者が続くと、単に羨ましいという心情の他、「あそこが買ったのだから、うちも買う」という対抗意識や、後れを取りたくないという焦燥感を抱く者が出てくるのも想像できます。事実、Yも奥さんから「家が欲しい」と“おねだり”があった模様です。どうやら、Yの後輩社員が家を買って社宅を出ていったことに触発されたようです。

 

義父の家に住まう

その後、Yの海外単身赴任が実現しないまま、私の方が異動になってしまいました。私の送別会の席で、彼の希望に沿えなかったことを詫びたところ、Yから、海外駐在はやっぱり辞めますとの言。郊外にある奥さんの実家の土地に2世帯同居住宅を建て、奥さんのご両親と住み始めたとのこと。しかし、その顔があまり嬉しそうではありません。

 

何でも、Yは自宅購入用の頭金を貯め始めたそうなのですが、奥さんがそれを待てず、実家に話を持って行ったのだそうです。建築費用は全て奥さんの父親が出したそうで、家の内装・外装一切、Yの意見が入り込む余地はなかったようです。Yは完全にマスオさん状態になってしまい、平日は晩酌、週末はゴルフ、と義父との付き合いで息抜きができないとボヤいていました。

 

義実家が住居を用意してくれたおかげで、Yは将来の不安から解放されたとも言えますが、反面、妻とその両親には対等にモノを言える立場ではなくなってしまいました。家に帰ってきても気遣いのし通しでは、体が休まりません。そのことをYの奥さんはまだ気づいていないのかもしれません。

 

奥さんにしてみれば、自分の地元で両親と同じ屋根の下で過ごせるという安心感があります。子供の面倒も両親にお願いすることもしやすくなるでしょう。

その半面、Yにとってみれば、帰宅しても息が抜けません。通勤時間も延びました。あまりいいことがなさそうです。

 

家を手に入れたら幸せになれるわけではない

誰かが持っているものを欲しがるのは、小さい子供の専売特許ではありません。知り合いが家を建てたと聞いて、単純に自分が持っていない物だから欲しいというのであれば、まだ可愛げがあります。

 

しかし、周囲を見渡して、「あいつに買えたのだから、自分も」とか、「あいつには負けたくない」、「あいつが自分より先に家を買うなんて生意気だ」などという気持ちが自分の中に芽生えてきたのだとしたら、立ち止まって考えてみてください。あなたは誰と何の勝負をしているのか、と。そして、家を買うことの意味を今一度考えてみてください。

 

家は、家族が楽しく幸せに過ごすための場所です。家を買うことで家族の1人でも辛い思いをするのであれば、それは正しい選択ではなかったということになります。通勤時間が長くなり体調を崩す、分不相応なローンを組んでしまい眠れなくなってしまう、欠陥住宅にあたってしまう・・・。家を買うことに伴う様々なリスクを極力排除するには、それなりの準備が必要です。広い家、値段の高い家、高層階、低層階・・・自分の住む家は他の誰かと競うようなものではありません。

 

むしろ、家を手に入れることよりも、“どんな家族になりたいか”を家族で相談する方が先ではないでしょうか。新しい家で、家族それぞれどのような暮らしを送りたいか。休日はどのように過ごしたいか。そのためにはどのような家が必要なのか。理想の家族像は人それぞれです。夫婦の間で思い描いている家族像が違っていては、買う家は決められないのではないでしょうか。

 

また、家を構えるタイミングも十人十色です。自分の家族にとって、今が家を買うタイミングなのか、よく考える必要があります。子供の養育、老後資金・・・家は大きな買い物ですが、人生の全てではありません。他のライフイベントとのバランスを考えなくてはなりません。

 

折角家を買っても、そこに住む家族みんなが笑顔で暮らせなければ、お金をドブに捨てるようなものです。