和尚さんの水飴

老後の前のハッピーアワー

幸せレース(2)

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他人を見下しても幸せにはなれない

私の妻の話ですが、年明け早々に娘の幼稚園時代の“ママ友”の集まりがありました。娘が卒園したのはもう10数年前のこと。よくここまで続いたものだと感心する私。妻曰く、年賀状のやりとりやSNSでの連絡は続いていたようです。

 

さて、ママ友の会。妻は今回、娘の卒園以来の参加だったそうです。さぞかし盛り上がったことだと思っておりましたが、懇親会から帰ってきた妻の顔がどうも優れません。飲み過ぎでもなさそうです。

 

懇親会の参加者は7名。元々20名くらいのクラスでしたが、卒園から10数年。足が遠のく人が多くても珍しいことではありません。ただ、妻から聞いた話では、事はそう単純ではないようです。

 

1次会で、それぞれ近況報告を行ったそうですが、当然子供の話題が中心です。子供たちは昨年3月には高校卒業。その後の進路について、当日参加していないお宅のことまで話題となりました。中には浪人して受験勉強に励んでいる子や、就職した子もいます。それぞれが選んだ道なので、他人がとやかく言うことではありません。ところが、出席者の何名かは、自分たちの子供が現役で大学生になったことを鼻にかけているような言動があったようなのです。また、あるご家庭の話題となり、旦那さんの転職を機に離婚してしまったことなど、その場にいなかったママ友の噂話で“盛り上がった”そうです。妻曰く、懇親会の集まりが悪かったのも、一部の子供自慢のおかげで、そのような会から足が遠のいた人が増えたからではないかとのこと。

 

さて、妻は1次会の後、早々に帰宅したかったようなのですが、出席者の中の1人に強引に誘われて、2人で近くの喫茶店に立ち寄りました。相手の方、ご主人が出版会社に勤めていましたが、昨年定年。お子さんは男の子が1人いますが、中学で不登校になり、高校に入学するもすぐに中退。今は高卒認定試験(昔の大検)に向けて勉強中とのです。

 

しかし、その方、1次会では周りの雰囲気から、つい自分の息子は某私立大学の1年生と言ってしまったそうです。そして、以前私の妻に、息子さんの高校中退のことで愚痴をこぼしたこともあり、口止めのために喫茶店に連れ込んだのです。妻はそんな話を聞かされたことなどすっかり忘れていました。そして、相手の方が思わず嘘をついてしまったことを咎める気にもなれず、あの場の雰囲気からはそれもやむを得なかったのではないかと、むしろ同情していました。妻自身、一部のママ友だけが盛り上がる会を楽しむことができず、「次は無い」と独り言ちていました。

 

自分と誰かを比較することで、心の安定を求めようとする人がいます。自分の周りを見渡して、出自や学歴、あるいは職業等々、自分が見下せる相手を見つけては、「あの人よりは自分の方が恵まれている」と思い、受験や就職の失敗、離婚、配偶者の失業など、辛い経験をした人を見つけては、「自分の方が幸せだ」と“確認”する。

 

しかし、そのような行為は、ただ他人の悲しみや辛さを見て気晴らしをしているに過ぎないのです。だれかを馬鹿にしたり見下したりしても、自分が幸せになれるわけではありません。

 

幸せを感じるのは自分自身

仕事帰りに一杯の冷たいビールを飲む、子供と手を繋いで買い物に出かける、足を伸ばして湯船に浸かる・・・。日常のたわいないことが、ある人にとっては“幸せの瞬間”になります。また、新婚ホヤホヤの夫婦、事業が順調に行っている人、リタイアして悠々自適に生活している人・・・というように“幸せな状態”にある人もいます。どれも心が満たされている瞬間や状態を自分で感じていることになります。

 

自分や自分の家族が幸せかどうかは、他人に判断してもらうものではありません。他人から見て羨ましがられることが幸せではありません。自分の子供や配偶者が“順調に行っている”ことは喜ばしいことでしょう。しかし、それを自慢し、周りの人々が羨ましがったり悔しがったりするのを見ることが幸せではないはずです。

 

ドイツ語にschadenfreudeという言葉があります。日本語に該当する単語はありません。要は「他人の不幸は蜜の味」という意味合いですが、他人の失敗や不幸に対して快感を覚えることも幸せとは言えません。心が満たされている人は、苦労している人を嘲笑したり、人の不幸に喜びを感じたりなどしません。

 

出世を諦め、出来の悪い子供がいて、家計のやりくりが大変でも前向きに明るく暮らしている人もいます。一方で、仕事は順調、子供も“いい学校”に通い、お金の心配もない・・・傍から見て恵まれてる家族でも、内実は異なっているかもしれません。夫婦間の価値観の違い、子供とのすれ違いなど、心の奥底にぽっかりと穴が開いている人もいます。心に穴が開いてしまっていては、いつまで経っても心が満たされず幸せを感じることができません。自分の心を見つめた時、自分自身を幸せだと感じられますか。